場所はどこというわけでもなく、しばらく旅に出てみると

  目の覚めるような心地がする。

相変わらず、吉田兼好先生の呟きをページをめくりながら

「ふむ ふむ」などと頷き、目を細めている。

案外、旅好きだった兼好先生のこんな呟きに出会うと、

なんだか急に親近感が湧いてくるではありませんか。

別に旅といっても、何処かを訪ねるばかりが旅ではない

のでして、急に美術館へ行きたくなったり、音楽を聴きに

出かけるのもまた旅なんですよ。

中でも、本というのはまさに心の旅の真髄でしてね、

小さな本の中へ飛び込んでみれば、鎌倉時代の兼好先生が

ニヤリと笑いながら迎えてくれたりするのですから、

こんない面白い旅はありませんでしょ。

その本の旅をするにいい機会が毎年東京の神保町で行われて

おりましてね。

今年で57回目を迎えた「神田古本まつり」

今はインターネットで本を購入するという形態が当たり前のように

なってまいりましたが、本好きは本屋さんに一日一回は首をを突っ込んで

本との出会いを楽しむのもまた旅をする気分なんでありますよ。

アタシの旅は計画を練ってその通りに実行するという旅ではなく、

「いい天気だな!ふらっと何処かへ出かけるか」

なんていうきっかけで旅をして、その旅先で出会いを楽しむという

やりかたが性に合っているのですよ。

本と出合うのも一期一会、最初からこの本を探そうというのなら

インターネットで検索という方法も合理的だと思いますが、

本好きのふらり旅のおじさんには、本屋さんに潜り込んで

好きな本を探すという一番の楽しみをインターネットなどで

フイにしてなるものかと思うわけで、せっせと本屋通いを

続けているというわけですよ。

神田神保町という町は世界でも稀有な古書店が集まっている

街でしてね、普段も時々は訪ねては珍しい本や、

エッ!こんな本があったのか、なんていう出会いを楽しんで

いるのですよ。

その古書店が表の通りに本を並べて、値段も下げて大奉仕して

くれるというのですから何を置いても駆けつけるわけでして、

いやいや、インターネット流行の現代でも、わざわざ本探しに

これだけの人が集まっている姿を見ていると、ご同輩の肩を

叩きたい気分でございますな。

陽の暮れるのも忘れて本の山を物色、

ありました、ありましたよ、知らぬ間に両手で抱えられないほど

買い込んでおりました、やれやれ、また鬼姫様に

「根太が抜けてもしりませんよ」

と怒られてしまいそうです。

アタシの部屋は本でぎっしりなんですから・・・

本の旅は、序章の出会いが終わるといよいよ本の中へ

歩を踏み入れるのです。

馴染みの喫茶店で薫り高い珈琲を飲みながらページを捲る

本の旅の至福の時が更けていくのでございます。