毎月十八日は観音様のご縁日、一年の始まり正月の十八日は

初観音で浅草っ子には特別大切な日なのでございますよ。

間もなく大寒を迎えるのですから仕方ありませんが、今年の

初観音は雪でございますな。

そんな寒さの中、本堂では「観音秘密供養」が続けられて

おりましてね、

1月12日の朝、浅草寺住職全員が出仕して、

「天下泰平・玉体安穏・五穀豊穣・万民豊楽」を祈願して

18日の結願まで168座の「観音秘密供養法」が昼夜不断で

続けられるのです。

いよいよ貫首様が登壇して、それまで秘法のため幕が張られて

おりましたが、最後の座だけは幕があがりご信徒のみなさんにも

結縁の場が与えられるのです。

実は、アタシ等みたいな野次馬はこの後始まる 亡者送りを

楽しみにしているんですよ。

今か、今かと待ちわびていると、いよいよあたりの灯りが消され

闇が覆い始めるのです。

暗闇の本堂の中から松明を手に鬼が二人現れました。

歌舞伎役者のような隈取に荒縄で鉢巻をした法師姿の赤鬼・青鬼の

二人は唸り声をあげながら階段を下りてくると、

大香炉の周りを三回巡り、地面に松明を叩きつけるのです。

その飛び散った燃えカスを皆で拾って歩くのですよ、

慌てたお兄さんなどは素手で掴んで「アチッ!」

慣れたお婆ちゃんは手にした火箸で拾い上げると持参した入れ物に

スッと入れる様いとおかし。

続いて、宝蔵門の柱の周りをやはり三度巡って、いよいよある場所へ

向かうのです。

先ほどまで降っていた雪の残る銭塚地蔵堂脇の空き地に掘られた穴

の中に松明をねじ込むのです。

どうやら、この世に蔓延る魑魅魍魎や亡者を供養して閉じ込めてしまう

ことのようですな。

これで悪霊も鎮められ、七日七夜に渡った年頭の除災招福の祈願も

無事おわったのでございますよ。

初観音で亡者送りを行っているのは日本中でここ浅草寺だけなんですよ。

アタシ等も子供の頃は、鬼の姿が恐ろしくて、中には泣き出すヤツまで

おりましたのに、近頃の若い娘さんなどは、ケラケラと笑い飛ばすので

ございますよ、まあ、それは天下泰平の証かもしれませんですな。

おっと、源さんがおりましたよ、

「よう源さん」

「なんでぇ 散ちゃんじゃねいか、しばらく顔見なかったけど

 まだ生きてたか」

「正月から祭り追いかけてたからね、ところでさ、亡者送りの鬼が

最後に銭塚地蔵堂の横の穴に松明差し込むだろ、なんであの場所

なんだろうかね」

「ああ、それか、オレも不思議に思って調べたことがあってよ、

ワケがわかったんだ、アレ、何だっけな、ちょっと前まで覚えて

いたんだけどな」

「そうか、源さんに聞いたほうが間違ってたよ、源さんは酒呑んで

三歩歩くとみんな忘れちまうってことを今思い出したよ」

「けっ!そんなこと知ったからって人生何も変わりやしないぜ、

いいんだよ、この世には知らなくたっていいことがあるんだからよ」

「そりゃそうだ、来年も無事亡者送りが観られれば元気な証拠だものな」

夜空を見上げれば上弦の月が顔を出していますよ、

「源さん行くかい、今夜は気分がいいから付き合うよ」

「そうこなくちゃ散ちゃんじゃないぜ」

いつもの店で

「亡者にカンパイ!」

どうやら、今年もいい年になりそうな気配でございますな・・・

(何年か前、雪の降った冷たい初観音の日の模様でございます)