見る人も なくて散りぬる 奥山の
紅葉は夜の 錦なりけり
297 紀貫之

白露の 色はひとつを いかにして
秋の木の葉を ちぢに染むらむ
257 藤原敏行

吹く風の 色のちぐさに 見えつるは
秋の木の葉の 散ればなりけり
  古今和歌集 巻五 290 読人知らず

いよいよ秋も深まったかと思う間もなく北国からは雪の便り、

たった一夜(ひとよ)で季節が変わってしまった。

もしかしたら吹く風の色も変わってしまっただろうか、

大きな深呼吸をすると森の中の小道を歩き始めた。

かつらの木の森は美しい彩の葉が朝日に輝くその瞬間に

どうにか間に合ったようだ、

見上げた梢の上を、かつら色に染まった風が通り過ぎていく、

見る人もなく散ってしまった葉はどんなことを思っているのだろうか

歩き始めると

「カサッ」

と一声あげただけで再び沈黙してしまった。

溜池の蓮はすでにあの美しい姿はなく、

折れ曲がり、打ち枯れた寂しげな色を

あの風は吸い取っていっただろうか、

その枯れ葉色をどこへ連れていくのか

木枯らしがビューと吹き抜ける、

風の通り道をその後を追うように進んでいく

その風を真っ先に見つけたのは大柄な川鵜だった、

広げた羽根の下を風がすり抜けていった、

その時、水に溶け込んだ秋色を一緒に吸い取った気がした、

あの風は、またひとつ秋色を重ねて吹き抜けていく

森を抜けると目の前に空が広がった

風は急に空を目指したように向きを変えた

空に届けとそびえているのは背高ノッポのポプラの樹、

そうか、真っ先に雪の便りを聞いていたのはノッポのポプラだったんだ、

きっと、風はポプラから北国の季節の変わったことを聞いたに違いない、

空色を吸い込んだ風は、二度、三度旋回すると再び

向きを変えた、

「そっちは街の方向だよ」

後ろから声を掛けると、

振り向いた風は、ニコリと笑って

「ボクの季節になったのさ」

と嬉しそうに何度も踊り始めたのです、

その度に、桜の葉が舞いながら路地の隅に吹き寄せられていった、

その桜の葉の紅色を一枚吸い取ると、

クルリと舞い上がり、再び森の中へと通り過ぎていくのでした。