久しぶりに我妻先生にお目にかかる、

アタシの写真の師であり、人生の師でもある先生は、

波乱万丈の人生を送ってこられた旅人の先達でもあるのです。

プロカメラマンとしての実力は美智子妃殿下を写した写真で、

また世界を股に駆けて写し取った際立った写真にアタシは

魅せられてしまったのですが、

何よりも楽しいのは旅人としていや放浪者と呼ぶほうがふさわしい

ほどのその旅先での経験談は何をおいても聞き出さずにはいられない

面白さなんです。

「あまり美しい景色でね、気が付いたら一年も其処に居座っていたんだ」

タヒチに惚れて居ついた話などは、誰でも体験できるものでは

ありませんでしょ。

上野で出会って時間があるかどうかお尋ねすると、

「今日は暇だよ」の返事、

シメタ!とばかりに

「紫陽花でも見にいきますか」

「何処へ行くのかね」

「そうですね、鎌倉辺りがいいんじゃないかと・・・」

「君ね、今頃の鎌倉は人を見るようじゃないかね」

「いやいや、秘密の場所がありますから」

と気の変わらぬうちにさっさと鎌倉を目指すのでありますよ。

「軽い食事でもしながら先生の昔話をお聞かせくださいよ」

と早速お連れしたのがこちらです、

「ここはお寺さんじゃないかね、ここで食事? 精進料理かね」

「いや、窯で焼いた美味しいパンとソーセージが旨いんですよ

 それに先生の大好きだった原節子さんが密やかに過ごされた土地

 でもあるのですよ」

山門を抜けて本堂で手を合わせると、本堂の裏から山に向かって

階段が続いておりましてね。

「君、年寄りにはこれは堪えるね」

「ゆっくりと登っていただくと、紫陽花の道に出ますので・・・」

途中で息を整えて、登りきった先には、ちょうど見ごろの紫陽花が

迎えてくれましてね。

「ほーっ!これは静かで中々いいじゃないか」

「気に入っていただけましたか、その紫陽花の道の先を左に曲がると

 その美味しいレストランがありますから、それにここは下のお寺さん

 の閉門とともに営業も終わりになってしまいますので、多分、もう他に

 お客さんはいないと思いますよ」

洋館の扉を開くと、案の定一組だけのお客様だけでしてね、

いつもの庭に面した席に着くと、美味しいパンとソーセージの

軽い食事をお願いする。

「時間は一時間ですが、もう誰もやって来ないので、ゆっくりお話を

 伺えるのではないかと・・・」

「ここはいいね、近頃どうもクーラーの効き過ぎは身体に堪えてね、

 やっぱり自然の風は気持ちがいいよ」

さてと、舞台は整いましたので、本日は写真に対する考え方の講義を

お聞かせいただこうというのが目的でしてね、

先生の天真爛漫なモノの見方は中々真似は出来ませんが、

それでも、写真にのめる込む時の表情を見ていると、なるほどと

頷くことばかりでしてね。

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのですよ。

「まだ、陽が沈むには早いですね、もう一軒ヤマアジサイを見に行きますか」

とお誘いすると、

カメラを抱えて行方不明・・・

しばらくすると木の下から先生が現れ、

「君、ここもいいね」

「そんなに紫陽花が綺麗ですか」

「いや、ここの住職の奥さんがとても美しい!」

なるほど、先生の感覚に常識などという基準は

ないのですよ。

もっとも、常識に縛られた芸術家なんて面白くもなんとも

ないですものね。

「写真はね、自分が一番愛しいモノにカメラを向けるものだよ」

先生、本日の講義大変役に立ちましたですよ。

次は海の話を聞きだすために、旨いカツオの食べられる海辺に

お誘いいたしますからね・・・

陽の長くなった鎌倉にて