色欲・貪欲・財欲などにとらわれた生物が住む世界を欲界と

いうのだそうで、そこには 餓鬼・畜生が住むという。

人が多く集まれば集まるほど餓鬼・畜生も集まってくる、

顔は人間だが身体は獣、もっと凄いのは心も獣みたいなのが

夜な夜な徘徊する、それが都というものなのですよ。

現代の都 東京、もう狐も狸も住む場所を失い、魑魅魍魎が

跋扈し始めてきたのには心が凍る想いがいたしますよね。

相変わらずの人で賑わう仲見世通り、

あっちの店、こっちの店を冷やかしながら観音様へご挨拶、

「お陰様で、昔の賑わいへ戻り始めてまいりました」

と手を合わせ、いつもの散歩路をひょいと外れた路地の奥

「おじさん、おじさん」

振り向くと、まだ幼い女童がアタシを見上げておりましてね、

「どうしたんだい、お母さんとはぐれたのか」

「うううん、お腹が空いたの」

秋の陽はつるべ落とし、もう薄暗くなった路地裏でたったひとりで

佇む女童、しゃがんで顔を見てびっくり、

目はほおずきのように真っ赤、長い髪の毛に隠れた耳が

頭を振るたびに現れる、まるで犬のように長い耳、

それでも、迷子かと思い手を握るとまるで氷を触ったかと思うほどの

冷たさ、慌てて立ち上がるとその女童がニヤリと笑った。

口が耳まで裂けている。

「あっ!魍魎(もうりょう)だ!」

アタシは握っていた手を振り解き、慌てて逃げ出しましたよ。

観音様のお膝元に何時の間にかしのび寄ってきた魑魅魍魎の類が

まさかこんな夕暮れに現れるとは・・・

路地の出はずれでもう一度振り返ると、その魍魎女童は次なる獲物を

しっかりと捕まえていた。

「おーい!逃げろ、逃げるんだ!」

ずるずるとその男は小さな女童に暗闇の中へ引きずり込まれてしまった。

「ウギャー!」

その声が響いたあと、何事も無かったように町に灯りが点っておりました。

まさか浅草にまで現れるとは・・・

かつては浅草も魔界の巣窟だったのですよ、

盛大に鬼瓦を飾り、仁王、雷神、風神をその入り口に備え、

万全を期してきたはずでしたのに、人間の側に巣食った欲界の魔物が

じわじわと忍び寄ってきていたのですよ。

その浅草でさえこんなことが起きるのですから、

あの欲の塊の霞が関あたりは、もうすでに魑魅魍魎に取り囲まれて

しまったかもしれませんよ。

本当に恐ろしいのは実は魑魅魍魎ではなく、人間の顔をした

人間そのものなのかも・・・

あのアタシの前に現れた女童は、もしかしたらそのことを

教えるために浅草に現れたのかもしれませんよ。

そうか、もしかしたら観音様の化身だったのか・・・

「よう、青い顔してどうした、唇が震えてるぞ」

「おお、源さん、地獄で仏だ!」

アタシは源さんに抱き付きましたよ。

「おいおい、止めろよ、おれはその気(け)はないからさ」

とからからと笑う、

持つべき者は気の合う友ですよね。

くれぐれも都会の夕暮れはご注意を、間もなく満月でございますよ。