祭り旅を続けていると、時代の移り変わりを

身をもって感じることがありましてね、

特に祭礼というと、その神社まで出向かないと見ることも、

感じることもできなかったのです。

最近は、地方自治体が主催の祭りが町おこしを目的に

行われることが多くなりましてね、

町に沢山の人を集めるためには、祭りが最良と考える方々が

多いのでしょうね。

(多くのお囃子屋台も参加)

しかし、町の名を冠したまつりとなると宗教色を無くすために、各地で

風流として人気を博した催しを取り入れる方法を採用し始めるのですね、

阿波踊り、よさこい踊り、はては西洋のサンバ・カーニバル、

最近では仮装に凝ったハロウインが彼方此方の祭りで行われるように

なりましたね。

そんな まつり の中で、夜に賑わいを集められるということでしょうか

ねぶたが流行りだしたようです。

最近訪ねた関東の祭りでも、

まつりつくば ねぶたパレード、立川羽衣ねぶた、

桜新町ねぶたまつり、ふるさと祭り東京、

笠間のまつり、秦野たばこ祭、尾島ねぷたまつり、

まだまだ他にも、柏まつり、浦安フェスティバル、

中延ねぶた祭り、湘南ねぶた、など毎年行われているのですね。

祭りは生き物ですから、それぞれの本場で行われていても時代と

ともに変化してしまうものですが、遠く離れた都会の祭りの中では

まったく形だけのものに変わり果ててしまうかもしれないジレンマを

本場の人々はどう感じるのでしょうか。

それとも、人が集まればそれだけで目的が果たせたということで

しょうかね。

(弘前型の扇型ねぶた)

祭り好きとしては、忸怩たる想いを感じながらも相変わらず祭り行脚を

続けておりますが、今回は何時も素通りしていた中山道北本でねぶたまつりが

あると聞いて、上野駅から最近乗りなれた高崎行の列車に乗り込むので

あります。

上野から小1時間北本駅で降りるともう目の前がまつり会場です、

宵まつり と銘打った市民参加型のまつり、いやいやその大勢の人波に

びっくりです。

平成6年(1994年)から始まったそうですが20年以上も続けていると

一大イベントになるのですね。

(久しぶりに出会えた尾島上州ねぶたの大太鼓)

どうやら昼間は沖縄エイサー・阿波踊り・越中おわら節、よさこいソーラン

などが演じられていたそうですが、みなさんの楽しみは宵まつり の

ねぷた・囃子山車のパレードらしいのです。

駅前会場には続々と囃子山車が集まってきます。

北本宿囃子連、原組囃子保存会、上手囃子保存会、北原囃子連、別所囃子連

荒井囃子連などの名が見えます、どうやら北本では各所に祭礼が行われて

いるようですね、いつか機会を見つけて祭礼での祭り囃子を聞いてみたい

ものです。

(北本の名樹カバザクラの登場に拍手)

すっかり暮れた夜空の下、多くのねぶた屋台が繰り出してきます。

本格的な武者絵から地域の手作り感たっぷりのものまで大太鼓の音も

高らかにゆったりとしたパレードですね。

神社祭礼では氏子町内が中心となって祭りごとが行われるのですが、

どうやら市民まつりでは各所のコミニティごとにネブタを運行する

ようです。

今は市民型のまつりと神社の祭礼は別々に行われているようですが

市民型まつりが活況を呈してくると、古来から続いていた祭礼は

縮小されてしまわないかちょっぴり心配になりました、

こうして昔からの祭礼が消えてしまった町を沢山見てきているだけに

この町の祭礼も長く続くことを願うばかりです。

多くのねぶたに混じって、北本を象徴するモノがありました、

毎年春になると桜を追う旅を長年続けておりますが、北本には

樹齢800年以上のカバザクラの古木あり私も何度も訪ねておりますが、

そのカバザクラを模した屋台には思わず拍手を送っておりました。

全てが余所の町の借り物では淋しすぎますものね、

自分の町が誇れるモノをもっと前面に出して欲しいと

感じていた祭り旅の途中でございます。