日光08

  春なれや名もなき山の薄霞 芭蕉

歌人 窪田空穂はこの皮膚に感じるように詠んでいる

芭蕉の句に、平凡である言葉の中にこそ平凡でありながら

心底感動できることを見抜いている。

その歌人 窪田空穂は代用教員として働いていた時、

教え子であった藤野を妻にした。

日光01

しかしその藤野は30歳という若さでこの世を去っている。

遅咲きの桜が咲く頃に埋葬された妻藤野の墓参に際し

「亡ぶべくも余りに惜しき魂のこの土の下に埋もると思はむ」

と詠んだ。

歌人にとって遅咲きの櫻はその日から特別の想いのこもった

花となった。

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今年の櫻が二ヶ月掛けて北の果てで満開を迎えている、

しかし櫻は北に向かうだけではなく高みの山にも向かって

刻を重ねていくのです。

海抜1300mの山上湖の辺で今年最後の櫻に別れを告げておりました。

可憐な山桜、

古社の本殿に咲く大山櫻、

湖上を吹き抜ける冷たい風に揺れる紅枝垂れ櫻、

有名観光地にもかかわらず夕暮れの迫る湖の辺には人影も無い、

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向かいあった枝垂れ櫻の下で

あの窪田空穂の歌碑に出逢ったのはもしかしたら

今年最後の櫻が呼び寄せてくれたのかもしれない。

 「五月なほ ふかきみ雪の 男体の

    山にとけては 湖となる」    空穂

明治45年、空穂35歳の時、女子美術学校生徒との

修学旅行に同行しここ日光を訪れた時の一首であるという。

まだ櫻に悲しい想いを抱く前の若々しい息吹きを感じる

一首である。

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櫻に寄せる想いは、一人の歌人であってもその人生の

移り行く瞬間で全く感じ方が変わってしまうことを

ヒシヒシと感じていた。

私の櫻に寄せる想いは・・・

まだ悲しみはない、いやいつも憂いのある希望で

あって欲しい と改めて思いを寄せていた。

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今年最後の櫻はあの妖艶さや、華やかさはもう消えていました。

新緑の華やかな希望の彩りの中では櫻にとっても

少し荷が重い気がしておりました。

櫻は長い冬を待って、待って、出逢えた喜びとともに

見つめる方が相応しいと・・・

もし、来年が無事迎えられるなら、きっとまた

櫻を追う旅を続けているだろう、希望を込めて

今年の櫻に別れを告げた 旅の途中です。

日光06