祭りと言うと山車が曳き回され、お囃子が鳴り響き

派手やかな衣装をまとった祭り人が舞い踊るなんていう

ことが祭りのように思われておりますでしょ、

実はあの派手な大騒ぎは大抵は付け祭りのことで、

祭りというより、祭礼を行う真意は別のところに

あるのでして、それは神事といわれて人の目につかない

ところで密やかに行われるものなんですね。

神社の祭礼の前日を「宵宮」といいますが、宵宮は祭りの

準備をするためだけの日ではないのですよ。

この「宵宮」こそが神の降臨を仰ぐ祭りの中心だったのです、

そもそも祭りとは昔から夕方から始まるもので、氏子全員が

身を浄め、清い装束に身を包み、神社に集まり、夕御餞を供えて

神を迎えることだったのですね。

祭りとは 神を もてなすための儀式なんです、

それではその神に何を捧げるかというと、

人にとっても最上の食べ物、神饌(みけ)と呼ばれるもの、

それは御酒であり、お米であり、山の幸であり、海に幸が

最上の礼をもって捧げられるのです。

神も人の食べられるものを食されるという想いが古来より

信じられていたのですから、人の口に入らないものは捧げられないのは

当然のことで、その選ばれた食物は、素材にしろ、調理されたものにしろ

かまども、鍋釜も、盛り付ける器も全てが極めて清浄なものを用いて

作られ、神に捧げられたあと、その同じ供物を神とともに饗宴する

ことこそが祭礼の本質なのです。

そのことをはっきりと知ることができるのが、

新嘗祭の神事であり、先日お訪ねした香取神宮の大饗祭であり、

また数々の祭礼で本殿の奥で密やかに行われている神饌神具祭事なのです。

大宮氷川神社の大湯祭も、あの立ち並んだ露天の数に眼を奪われ、

熊手の市が人を呼んで盛大に行われるのですが、境内奥では

神饌を供える神事が行われていたのです、

用意される神饌は

   御飯(一盛ずつ三盛)

   神酒(二瓶ずつ六瓶)

   百取膳(二十膳ずつ六十膳)

   菱形餅(四枚ずつ十二枚)

   長芋(一包《二本》ずつ三包、紙で包み水引を掛ける)

   海老(三包《二個ずつ》)

   串刺小鮒(二本ずつ六本)

  百取膳には海川の物八種、野山の物八種で

  鮒・鰹節・塩鰹・するめ・鮑熨斗・蛸・鯉・雉子・干柿・

  長芋・栗・生姜・とろろ・胡桃・鶏冠海苔・伏兎餅

先日お訪ねした秩父神社の祭礼でも数々の供物が捧げられて

おりましたが、其の中の山鳥(雉子)は秩父から此処大宮へ

捧げられたものとお聞きし、武蔵国の神の係わり方が垣間見られた

ようでした。

夕暮れを待って篝火が焚かれ、本殿から末社にいたるまで夥しい

供物が捧げられる神事を 大湯祭と呼ぶのだそうです。

十一日には、宮司以下神職および関係者は神楽殿に上り供膳式を行う

のですが、この供膳式こそ 直会の古き様式を今に伝えるものなのですね。

大湯祭の日には、特別な 福熊手がいただけるので有難く押し頂き、

熊手市の賑わいがいつのまにか十日市(とおかまち)の代表のように

なってしまうのは、祭礼で山車や神輿ばかり脚光をあびてしまうのと

同じかもしれませんね。

大湯祭のは多分、今でも冬の祭りとして各地に残る湯立神事の流れなのかも

しれません、

釜で湯を煮えたぎらせ、その湯を用いて神事を執り行い、無病息災や五穀豊穣

などを願ったり、その年の吉兆を占う神事として伝えられているのでしょう。

火や、塩、湯等は身を清める手段としてはるか古代からこの国の人々に

伝え続けられている禊の方法なのですから。

参道にずらりと並んだ露店を冷やかしながらの

祭り旅の途中でございます。