走り出した列車の窓からぼんやりと桜を探しながら過ごすには

これ以上ピッタリの列車はありません。

水戸から郡山までまるで時間の観念を忘れてしまうほど

のんびりと走ってくれるのです。

ところが乗った列車は途中までで、その駅で次の列車まで50分の待ち時間、

どうせ急ぐ旅でなし、見知らぬ町をほっつき歩いてみれば

そこはかとなき旅愁が漂うのでありますね。

さて、気分はいよいよ桜旅と久慈川に沿ってのんびり進めば

すっくと立てる容姿端麗の桜あり、これを見逃しては申し訳が

たたぬとばかりに降り立った駅で見上げる旅人を置いて

列車は「ゴットン・ゴットン」と去っていく。

次の列車まで一時間くらいは余裕があるだろうとほくそえんで

駅を背に歩き出す。

みちのくのとばくちの町は今が盛りの桜町、

駅前には鮎の塩焼きにミソおでんそれに焼き団子の店が人待ち顔で

「どうですか、美味しいですよ」

駅から出てきたのはどうやらアタシひとり、

これじゃ店に寄らないわけにはいかないと

「焼き団子一本!、ところで次の列車は何時になるの」

「お客さん、どちらまでいくの」

「いや、別に行き先は決めてないのだけれど、列車から桜が

 見つかったので降りてみたんだ」

「次の列車まで三時間来ませんよ」

「三時間!いやーまいったね、一時間に一本くらいはあると思ってた。」

「朝と夕方は一時間に一本なんですけど、昼間はお休みみたいなものなんですよ」

「三時間か・・・、ところでこの辺りに美しい桜はないですかね」

「二つ先の駅の近くに樹齢六百年のエドヒガンの櫻がありますけど、」

「二つ先の駅ってどのくらいあるのかな」

「二里(8Km)まではないと思うけど」

「他に交通機関は・・・無いよね、よし、歩いていくか」

「お客さんも物好きだね」

人なつこいおばさんはお腹空くといけないかと

オムスビを二個持たせてくれました。

「久慈川の辺からでも見えるから」

と教えられたのは、たったこれだけ、歩いても歩いても

中々見つからないじゃないですか、

もういい加減足が棒になった頃、チラッと見えたその優美な姿に

我が目を疑いましたよ、

こんなに素晴らしい桜が人知れずあったのか と。

ヘトヘトになってたどり着いた旅人を優しく迎えてくれたのは

桜だけではありませんでした。

「あんた、何処から来たの、あまり見かけないけど」

「この桜を教えられて矢祭駅から歩いてきたよ」

「へー!、ごくろうさんだね、でも昔はみんな歩いてたんだからね、

 この桜はな、この下の久慈川沿いを歩く人たちにほっとした気分を

 もたらしてくれていたんだからあんたが一番この桜に相応しいの

 かもしれないね」

「六百年って聞いてきたんだけど、これは本物だね」

「ああ、この桜がこの辺りじゃ最初に咲くんだよ、

 この櫻の下に立つと人間はちっぽけだなと感じるんだよね

 人間はどんなに頑張っても百年ったら限界だもんな」

桜ばかりに見とれて危うく足元のニ輪草を踏みつけてしまうところでした。

その二輪草の脇に座るとあの親切なおばちゃんが持たせてくれた

オニギリを食べ始めるのでした。

独りで眺めるお花見です。

「あなた、わたしがそんなに好きなの」

きっと桜そう言ってくれたのでしょうね、爽やかな風に吹かれながら

「これが生きてるってことだよね」

そう桜に語りかけておりました。

「早く来てごらん、満開だよ」

毎年見に来るというその方達は桜の下でみんな笑顔が並んでいます。

「写真撮るから並んで」

一番若い娘さんがカメラを構えた。

「おじさんが写してあげるから貴女も其処に並ぶといい」

私はこの桜の下での幸せの一瞬を映しとめたいと心から思ったのです。

「さあ、いい顔してね、あれ、表情が硬いよ、みんなもう一回桜を見上げて、

はい、そのままこっちを向いて パチリ! もう一枚ね、パチリ!」

「ありがとうございます」その娘さんはカメラを受け取ると直ぐに

映っている姿を確認すると

「うわーっ!キレイ」

そしてみんなに見せておりました。

「あの、お願いがあるんだけど」

「何ですか・・・」

「おじさんここまで歩いてきたんでヘトヘトでさ、どこか近くの駅まで

乗せてってもらえないかな」

「おじさん列車で来たの、この時間は走ってないんだよ、乗っていきなよ」

と親切に車で三つ先の駅まで送ってくれました。

嗚呼!桜はこんなに優しい縁を結んでくれました、

「アリガトウね」

桜とその優しいご家族に感謝するのでした。

「旅は道連れ世は情け」

だから旅を続けられるのです・・・