新緑が深さを増し、すべてが緑に覆われる国、

この時期、何処を旅しても身体が緑に染まりそうな

豊な自然に出会うでしょう、

豊な自然の中で生きてきたこの国の人たちには

その緑に輝く風土こそ生きる証でした。

聖母マリア様の慈愛に満ちた姿に心癒される気分を満喫しながら

さらに歩を進めておりますと、

突然目の前に現れた荒涼とした光景、

山肌はむき出しになり、彼方此方から臭気漂う煙が立ち昇っている、

飛んでいた鳥がまっ逆さまに落ちていくその姿を見ていた古人は、

「ここは坊さんが言う 地獄 だろうか」

話に聞いて想像していた 地獄 とはこうなのだろうと

そんな風に感じることに何の疑いを持たぬほどの様相が

この国の自然の中に時々姿を現わすのです、

「それは火山活動による地殻変動の成れの果てですよ」

と現代人の科学者がしらーっと話してくれても、

子供の頃から 地獄 を何度も教えられてきた人間には

そう簡単に納得はできないのですよ。

どんな科学者であろうが、哲学者であろうが、想像でモノを云うしか

出来ないことがある。

それが死後の地獄の世界、

欲界・冥界・六道のその最下層にあるのが地獄、

大いなる罪悪を犯した者が死後に生まれる世界なのだとか。

だから、奈落とも言われるのですな、

地獄にはその罪の重さによって服役すべき場所が決まっており、

焦熱地獄、極寒地獄、賽の河原、阿鼻地獄、叫喚地獄などが

あるという。

大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄その文字をみただけで

人々の想像力は沸点に達したのでしょう。

地獄は何処にあるのか、

当然、三途の川を渡った向こう側にその入り口があるらしいんです、

そして三途の川の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の

衣服を剥ぎ取るのが脱衣婆、その剥ぎ取った衣装を衣領樹に掛け、

その垂れ下がる重さ(生前の業によって決まる)によって

死後の行き先が決まるのだとか、恐ろしいですね。

そして死者の生前の罪を裁くのが閻魔大王、

もう閻魔様の前に引きづり出された時は、もうどうすることも

できないのですよ、

二枚舌を使おうものならその舌はすぐに抜かれちまうのですよ、

生前何をしてきたか、もう閻魔様の前に引きづり出されたら

もうやり直しはできないのですよ、

いかに生きている時に、何をしてきたかが問われるのですからね。

地獄には八熱地獄、さらに百三十六地獄、六万四千地獄など

どうやら果てがないのですよ、

殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見・

犯持戒人・父母殺害・阿羅漢(聖者)殺害、

これらの罪により

等活地獄、黒縄(こくじょう)地獄、衆合地獄、叫喚地獄、

大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄、

のどこかに落とされるのですよ。

なんだか気分が悪くなってまいりました。

どうやら地獄ではどんなに泣き叫んでも許してもらえないのですよ、

死んだ後も、追い立てられ、煮えたぎった油に浸けられ、

それが八万年も続くのですって、

どのくらいの長さかって・・・

石が磨耗して消滅するよりもさらに長い時間なのだとか。

目の前の地獄の様相の中に、たったひとりで佇んでいたのです。

寒くもないのに身体が震え出してきましたよ。

「ああ、まだ間に合うだろうか、殺生してないか、盗みは、

 邪淫は、少し自信が無くなってきたよ、飲酒は、ああ、それだけは

 自信を持って宣言できます、一滴もやってません」

その時、目の前のカラスが 「アホー、アホー」と啼きながら

遠ざかっていった。

地蔵様に手を合わせそうそうに山を降りた地獄旅の途中なのだ。