人がすれ違うのもやっとという細い路地の突き当たりに

その御社(やしろ)はひっそりとありました。

その御社には名もなく、どなたを祀っているのかまったく

わからないのですが、多分、この社を祀り続けている町の

人々だけがわかっているのでしょうね、

いや、もしかしたらこの町の人でもあまり知られていない

かもしれない、と思わせるほど目立たない御社なのです。

まして、ふらりとやってきた旅人にはただそっと手を

合わせるだけでしてね。

なんだか清々しい気分で来た道を戻り始めると、

後ろに人の気配、足音が急いでいるらしいので道の端に身を

避ける様にたたずむと、その脇をすーっと通り過ぎていく

黒装束の女(ひと)が会釈をしていった。

誰もいない路地で会うには似つかわしくないような絶世の美人でしてね。

なんだか下ごころを見透かせられそうで、こちらもそっと頭をさげて

前を見ると、その女(ひと)はもう遥か先のこの路地の出口に立って

こちらを振り向いているではないですか。

何事が起きたのかしばらくはわからないほど頭が混乱して

しまいました。

かなりの距離を一瞬に通り過ぎていったその現実に理解が

追いついていかないのです。

その女(ひと)は深々と頭を下げると視界から消えた。

まるで何者かに手を引かれるように先ほどまでその女(ひと)佇んでいた

場所で辺りを見回したが何処にもその姿は無いのです。

「あの今その路地から出てきたご婦人がここを通られたと思うのですが」

散歩の方にお尋ねしたが

「いいえ、どなたもすれ違わなかったですわ」

お礼を言ってもう一度振り返ると、其処はいつの間にか昔の町に変わって

いるじゃないですか。

でも、よーく眺めていると大好きなあの町に違いないのですが

あるのは町並みだけで人の気配がしないのです。

「あっ! さっきの女(ひと)」

まるでついて来なさいとばかりに辻に来ると、振り向いては

微笑むんですよ。

小野川に掛かる橋の上でやっと追いつくと今度は消えてしまう前に

尋ねました。

「あの、此処は佐原じゃないのですか」

「はいそうです、でもここは現代と過去の間の町なのです、あなたが先ほど

彷徨っていた細い路地がこの町の入り口なのですよ」

「それにしても誰もいないじゃないですか」

「そう、此処にいるのは貴方とわたくしだけです」

「それに、音がしないのですが」

「よーくごらんなさい、見覚えがおありでしょ、此処は

貴方が写した写真の中の町なんですよ、だから此処にいるのは

貴方が写した私と貴方だけというわけ・・・」

「そんな町があったなんて・・・、それにしても

景色は本物なのに匂いもなければ音もしない」

「それが貴方が毎日求めて彷徨っている貴方の町なのです」

「いや、私が探しているのはこんなに寂しい町ではないのです、

さっきから受ける圧迫はなんでしょうか」

「この町は写真一枚の薄さしかないのですもの仕方ありませんわ」

「なんだか気が変になりそうです、どうしたら元の場所に戻れるのですか」

「もう見知らぬ女(ひと)にかかわらないと約束できますか?」

「--------」

「お約束できなければ戻れませんのよ」

「や、ヤクソクいたします!」

「先ほどの路地の中の社の前で何も考えずに、

目をつぶって十数えてごらんなさい」

私は言われたとおり目をつぶって

「1.2.3.・・・9.10」

とたんに周りから音が洪水のように聞こえてくるのです。

それからどう歩いてきたのか小野川に架かる橋の上で

我に返ったのです、

まだ、此処が本物の町かあの不思議な町か区別が付きません。

小野川の辺を歩いてきた若い二人に尋ねました。

「あの、此処はどこですか?」

「えっ!佐原ですけど」

変なことを聞くおじさんにはかかわらないほうがいいよとばかり

私を避けるようにふたりは去っていった。

未だに頭の中は混乱のままなんですが、

あれはこの町が内緒でひそかに作り上げたもうひとつの夢の町では

なかったのか、

なんだかあの路地には当分入れない気分の旅の途中でございます。

くれぐれも、写真を気安く写さないでくださいね・・・