旅先を何処にするか

それは若い頃は重大な目的でした

旅のほとんどを未知の土地を旅することに費やした

半世紀の月日は

全て身体のどこかの引き出しに仕舞いこまれて

いたようです。

今はかつて若かりし時に訪ねた町を、もう一度訪ねたくて

旅をしているよです。

旅は本を読むこととどこか似ている気がしてきたのです。

まだ若かった学生時代に読んだ名作を今この歳になって

読み返してみると

全く別の感動を受けることに気づいたからでしょうか、

一度読んだ本はもう一度読み返すことはほとんどありません、

それはもう読んでしまったという記憶がきっと改めてその本を

読み返すことに抵抗するのかもしれません、が、読み返してみると、

最初に読んだ時には感じなかった心理に気づいたり、

若さゆえに知りえなかったことに気づいたり

と再発見の面白さに虜になってしまうのです。

本を読み直すように旅も味わい方が違うかもしれない・・・

そんな動機から再訪する旅が今はとても楽しくなりましてね。

昨夜の湯宿は温泉効果のためか一度も目が覚めることなく

朝を迎えました。

窓からの眺めは目の前の赤城から子持山、その奥に武尊山、

小野子山から中ノ岳、谷川岳から苗場山へと越後国境の山並みが

見渡せる、

昔なら天気と競争するように宿を飛び出していただろうに、

ひっそりとした湯宿で何もせずにじっとしていることの楽しさに

尻に根が張った気分を味わっている。

「食事どうなさいますか」

「ひと風呂浴びてからにしますわ」

誰もいない浴槽にどっぷりとつかる幸せをしみじみと味わう。

下戸の食事など20分もあれば終わってしまう、

昼過ぎまでもうひと寝入りすると

どうやらやっと身体が目覚めた。

宿を出ると再び榛名の高原を目指す。

須々木の穂が銀色に輝き、人の気配を消し去った森が囁く。

昔、読んだ小説を森の木陰のベンチで読む、

榛名の山を味わいながらのひとときのなんと言う心地よさ。

陽が暮れるまで動くことを止めた、

本が面白い、旅が楽しい

これが人生の大半を過ぎた者の感想なら

人生捨てたものじゃないですよ。

榛名の高原を吹き抜ける風に乗ってしまったような自由

行く雲を何の感慨も無く眺めることの幸せを

改めて噛み締める旅の途中です。