今は高原のリゾート地として、夏の避暑地として

楽しめる箱根路も、そこには数え切れないほどの人々が

峠を越え、山路を辿り、通り過ぎていった歴史が

刻まれているのです。

この国の東と西をつなぐにはどうしても越えなければならない

山路がありましてね、判ってる限りでは一番古いと思われる道は

『碓日道』と呼ばれ、御殿場から乙女峠を越え、仙石原から

宮城野を抜け明神ケ岳から大雄山を経て坂東へ向かった

らしいのです。

『碓日道』と呼ばれたのは、外輪山をふたつも越えて辿り着く

明神ケ岳に碓日(碓井)峠というところがあったからだと

云われているのですが、

伝説ではあの日本武尊が亡き弟橘姫をしのんで

「あずまはや・・・」

とつぶやいたと『古事記』には記されているのですよ、

『日本書記』には上野国と信濃国の境にある碓井峠だということに

なっているので、果たしてどちらかは謎のままなんですね。

まあ、伝説などというのは、

「むかし、あるところに・・・」

と地名をはっきりさせないほうが想像力が広がる気がいたしますがね。

(ハンゲショウ)

夏至から数えて11日目を「半夏生」と呼ぶのだそうで、

いよいよ夏も盛りに近づき、もう春には戻れないと覚悟を決めるには

いい季節なんですね。

大祓をお願いしにやってきた箱根路は、その夏の盛りがウソの様な

涼やかな風が吹き抜けておりましてね、

「山を降りるのはもったいないですね」

と、かつて古の旅人達が命がけで越えた仙石原の高原の空気を

胸いっぱい吸い込んでみようとやってまいりました。

(エゾキスゲ)

(クガイソウ)

天候は晴れたと思うと雲が立ち上り、まるで咲き誇る野の花たちに

恵みを与えるかのような白雨(ゆうだち)、

木陰で雨をやり過ごせば、再びの陽射しに、傘をさしたり、つぼめたり、

その雨が山の冷気を閉じ込めてくれたのでしょう、

歩くことがとても楽しくなるのです。

東京は今日も35℃だとか、半袖では肌寒いくらいの高原の空に久し振りに

ホトトギスの鳴き声を聞く。

(アジサイ 藍姫)

(ハマナスの実)

野の花を集めた花の園には、都会ではもう見られなくなった花が

密やかに咲いています。

深山八重、藍姫、富士の滝、紅剣、八丈千鳥・・・

山紫陽花の可憐な花が咲き誇る、

京鹿の子、下野草の淡い薄紅色が一面の緑に映え、

高原の花エゾキスゲが夏の夕暮れを演出してくれる、

車軸草の名に似合わぬ可憐な姿、

エゾミソハギが湿原を覆い始めている。

(鬼下野草)

名の判らない花を、

「オニシモツケというのですよ」と教えてくださった老夫妻に

感謝しながら、鬼姫様に

「いい名前ですね」と申し上げると「キッ!」と睨まれる。

カラフトイバラ、クガイソウ、あの星の輝きに似たチョウジソウ、

沼地には、コウホネとアサザが薄黄の花を競い合っている。

先ほどの老夫妻に教えていただいた、ヒマラヤの青いケシ は、

暑さの前の最後の輝きで迎えてくれました、

春の花はすでに散りその花の元に実を付け始めている、

 はまなすは 春のなごりか 実の赤さ 散人

振り向けば山の端に雨雲ひとつ、ふたつ湧き上がる

 涼やかに 風吹き抜ける 半夏生   散人

ヘタクソな句を呟いていた旅の途中・・・

(ヒマラヤの青いケシ)