雪になるかもしれない という天気予報に

夜中に目を覚ました時、耳をそばたててみた、

雨戸の向こう側で雨音、

「なんだ雨じゃないか」

とそのまま眠りについて朝目を覚ますと

夜中の雨音がウソのような上天気、

雨か雪かと覚悟していたのになんだかはぐらされた気分ですよ。

でもねこういう予想外れはありがたいものですよ、

なんだか身体がうずうずしてきて、

ついふらっと出かけたくなりませんか。

仕事を片付け、

「さあ、散歩でもするか」

一歩路地を曲がるといきなりの空っ風

その冷たさったらありゃしない、

襟巻きぐるぐる巻いて颯爽と歩いてみてもどうも調子が

でませんね。

「そうだ、こういう日は空に塵ひとつないのだ

 黄昏が綺麗なはず・・・」

別に何の科学的根拠はありませんが、永年の旅の経験から

身体が覚えているんですよ。

栃木、佐原、鎌倉、・・・そうだ 川越にしよう、

これも何の根拠もありません、記憶の中から浮かんだ内から

今の気分にピッタリする町を探り出しただけなのですが、

その決める一瞬が旅をする一番の楽しみなんですよ。

勿論、黄昏まではまだ間があります、

慌てて飛んで来たので昼食も未だでした、

いつもの馴染みの鰻屋さんで、飛び切り旨い鰻重で

腹ごしらえ、束の間の時間を 本を読みながら過ごす。

さてと、そろそろ黄昏の幕があがるかな・・・

先ほどまでちらほら歩いていた観光客も余りの寒さに

姿を消してしまったらしい。

見慣れた町並みが夕闇の中に溶け込んでいく、

ほら、美しいでしょ、黄昏が路地の向こうへ流れていくのが

判りますか、

久し振りの見事な黄昏じゃありませんか、

朝から感じていた予感はどうやら当たったようですよ、

黄昏(たそがれ)はね昼と夜の狭間のほんの一瞬なんですよ、

この一瞬を味わうために旅をするというのは、何にも代えがたい

こころの宝石を手にしたような気分なんです。

路地の奥へ消えていった黄昏にそっと手を振っていると、

怪訝そうな顔の女学生が、不審者を見るような顔で、

すれ違っていく、

いいんですよ、どう思われようとね、こっちは確かな宝石を

手に入れたのですから。

格子戸から漏れる明かりが、すっかり夜になったことを

教えてくれた。

「ふーっ、 寒い! 手がかじかんでしまいそうだ」

歩き出すと真っ先に目に飛び込んできたのは荒物屋の店先に

飾られた 湯たんぽ、

「ああ、抱きしめたら暖かいだろうな」

旅とはなんとこころをときめかすものかな・・・