「お前 どこ行く大原まちへ
    はだかまつりの 便り来た」

毎年、秋に行われる大原はだか祭り、

大原の浜辺を、大原の町中を神輿を担いだはだかの男衆がうめつくす

という。

海に神輿を入れる祭りは数々見て参りました、勿論、大原のまつりも

十数基の神輿が海の波にもまれるという「潮ふみ」を誰もが待ちに

待っているのです。

余所者のアタシが神聖なの海の祭りの中に身を置くなどと

いうことはとても許されぬことと今回は、「潮ふみ」を終えた神輿の

一団が大原の町中を渡御する様を見せていただくことにいたしました。

「秋の 祭りにゃ嫁子も連れて
    飛んでおいでよ お囃子に」

生憎の雨のなか JR大原駅を下りるともう駅前には沢山の神輿、

大原町には19の神社があるそうで、その神社に二から三基の神輿が

ありそのすべての神輿が上半身はだかの担ぎ手(さらしを巻いた女衆、

子ども衆もおり)によって町中を渡御しているのです。

ここ大原はだかまつりで雨を気にするのは見物人だけ、祭り人の

皆さんは雨で濡れることなど意に返すことなどないのです。

「神輿 かぞえりゃ十と八社
    これではやさにゃ 名がすたる」

生憎の雨のなか JR大原駅を下りるともう駅前には沢山の神輿、

大原町には19の神社があるそうで、その神社に二から三基の神輿が

ありそのすべての神輿が上半身はだかの担ぎ手(さらしを巻いた女衆、

子ども衆もおり)によって町中を渡御しているのです。

ここ大原はだかまつりで雨を気にするのは見物人だけ、祭り人の

皆さんは雨で濡れることなど意に返すことなどないのです。

(最期の『大別れ式』が行われる大原小学校)

町中を神輿が行き交うのですが、肩に担ぐのではなく腰のあたりに

担ぎ棒をかかえてまるで走るように目の前を通り過ぎていくのです。

浅草や神田の神輿渡御のように神輿の後ろをついていくなどとという

楽しみ方はここ大原ではまったく通用しないようです。

町のお年寄りから祭りの次第をお聞きすると、

四時半に北町木戸酒造前に全ての神輿が集まり、合図とともに

1km先の小学校へ向かって進んでいくという。

その時に、みんな「祭り唄」を唄いながら行く様を是非見ていくように

と教えてくださった。

でも、あの早足で通り過ぎていくとばかり思っておりましたら、

神輿が二基、三基と寄り添いながら商店街をゆったりと渡御してくるでは

ないですか。

小さな小童の甲高い声が響き渡ると廻りからは手拍子が沸き起こり、

「エーッヨイヨイ! エッサエッサ、ヤッサヤッサ!」

の合いの手が入るのです、

「はずむ 子供らのはやしに乗せて
     おのず神輿が勇み出す」

海の男の祭りだから勇ましいに違いないと思っていたのは、まったく外れて

しまいました、なんという哀愁に満ちた祭りでしょうか、

沿道で手拍子を打っていた婦人が歌いだす、

きっと昔からいいノドを効かせていたに違いない名調子でその声が

響くと、神輿を担いでいた若衆から

「エーッヨイヨイ! エッサエッサ、ヤッサヤッサ!」

なんという粋な調子ではないですか。

「唄え 踊れと唄せめられて
    唄は出ませぬ汗ばかり」

「咲いて 競った男の肌が
     灯りに映えます 大別れ」

この掛け合いを確か何処かの祭りの中で聞き入ったことがあったと、

思い出しておりました、

そう15年も通い続けた越中八尾の風の盆でした、

三味線と胡弓の音に、沿道の中から見事な おわら節が聞こえて

きたのです。

人と人の心が響きあった瞬間に誰とも無く自然に触れ合った一期一会の

出会いだったのです。

その時の感動が此処大原の町の中で繰り広げられているのです。

長い長い神輿の行列は、ゆっくりとゆっくりと最後の祭りへ向かって

進んでいく。

先ほど訪ねた大原小学校の校庭に全ての神輿が集まると『大別れ式』が

始まるのです。

秋の陽はつるべ落とし、薄暗くなた校庭に提灯の灯りが揺れ動くと

神輿は最期の力をふりしぼって駆けまわり、神輿を夜空に向かって

高く放り上げやがて静寂の時がやっいてくるのです。

この『大別れ式』はこの町の祭り人の心が揺れる厳粛な刻に違いなく、

余所者のアタシは途中で会場を後にいたしました、

たった一日お訪ねしたくらいで、何から何まで見せていただいては

申し訳が立ちません。

「潮ふみ」と「大別れ式」は次の機会に残してまいります、

全ての祭り人が大原小学校の会場に集まっていたのですね、

帰り道は、先ほどの賑わいがウソのように静まり返っておりました。

駅の前で背中に花火の音を聞く。

まつりとは人間が人間らしく生きるためにあることを

教えていただいた祭り旅の途中でございます。

「故郷を 離れて聞く笛太鼓
     そそろ身にしむ旅の風」

2016年 秋に記す。