信州峠を越えると一面の落葉松林が黄金色に輝いている、

あの天狗山を真正面に眺めながら千曲川の源流域川上村梓山の

集落へ、もう何度通い詰めただろうか、

信州はもうそこまで冬がやってきている、風は其の芯に冷気を

含みながらやがてこの黄金色の針葉をパラパラと落とし始める、

じっと耳を澄ますと、微かにその針葉の落下する音が聞こえるだろう、

これ以上ない寂しい音がするのだ。

秋の夕暮れは早い、そろそろ峠を越えないと、あの林道が

恐怖の道に変わってしまう。

まるで身体が黄金色に染まってしまうような落葉松の森を

ゆっくりと登っていく。

標高1700mを越す峠まで一気に駆け上がる、

途中、峠から降りてきた東京ナンバーの車とすれ違う、

単独で峰越の林道を走るときの鉄則がある、

そのすれ違う車こそが、これから向かう道路の最新情報を

持っているのであります。

「崩落箇所はありませんでしたか」

「秩父までは大丈夫です」

たったこれだけの会話が、安全と安心をもたらして

くれるのです、

もうどれほど山道を走ったでしょうか、其の度に、

この最新の情報がどれほど役にたったことか、

信州の秋を眺める最後の峠に車を止め、

望岳を楽しむ、あれが八ヶ岳、その向こうが鳳凰三山か・・・

ひとり風に吹かれていると微かなエンジン音、

あえぎながら登ってきたのは横浜ナンバーのワゴン車、

どうやら私と同年輩のご夫婦である、

運転してご主人が、ほっとした顔で話しかけてきた。

「秩父までどれくらいかかりますかね」

話を聴くと、中津川の紅葉が見ごろだと聞いてやって

来たのだという。

「この道は初めてですか」

どうやら川上村から此処までが完全舗装路だったので

安心してやってきたらしい。

「ここから秩父側へは一時間は見ておいたほうがいいですよ」

「そんなにかかりますか」

「今、夕方の四時ですから、あと30分くらいで暗く

 なってきます、ライトをつけて走らなければならなく

 なります、でも絶対にスピードだけは出さないで

 くださいね、もし道から外れたら、命の保障はありませんから」

「この道は夕方5時を過ぎると通行禁止になります、

 多分私が今日の最後の車になるでしょうから、
 
 後からゆっくり行きます、もし、何かトラブルが

 おきたら遠慮なく言ってください」

「エンジンブレーキは一速ですよ」

窓から手を出してOKの合図を送るとご夫妻は慎重に

山道を下り始めた。

さてわたしもそろそろ降り始めますかね、

夕闇がせまった秩父の谷の向こうに両神山の姿を確かめると

ギヤを一速に入れた。

もうすでに頂上直下は紅葉も終わり、枯葉が舞っている、

少しずつ高度を下げていくが、フットブレーキをなるべく

使わずに慎重に山側をへばりつくように廻っていく、

「落石だけは止めてくれよ」

とこれだけはただ祈るしか方法はないのですよ。

中津川の源流地あたりでとうとうライト・オン、

少しずつ広葉樹の彩が増してきたが、もう今日の最後の光は

この谷底までは届かない、写真を諦めて、ただただ運転に専念する。

いまのところ、先行しているはずのあのご夫妻の姿が見えない

ということは無事走行しているということだろうと安心する。

17.5kmの悪路を一時間かけて降りてくる、もうすっかり

暗闇が覆ってしまったダム湖の辺で一休み、とうとうすれ違う車は

一台もなかった。

最初の曲がり角に、秩父まで22kmの標識を確認、

あとはあの蕎麦屋を目指してゆったりとドライブするだけ、

夕暮れとの競争は、山道を走るときは避けなければと

ひとつ反省、

「もう若くないのですからね」という

鬼姫様の声が聞こえたひとり旅の途中です。

秩父中津川渓谷を越えて