巴波(うずま)川の上に広がる空は気持ちのいい秋色、

神無月を迎えると蔵の町では今年二度目の雛人形が

顔を出す。

勿論雛人形はどこの街でも三月三日の上巳の節句に

飾られ、節句が過ぎると娘の婚期が遅れないように

とさっさと仕舞われてしまう。

雛人形たちはまだ長い一年を蔵の中で過ごすのです、

しかし、ここ蔵の町では秋の空が澄んだ季節を迎えると

もう一度蔵の中から雛人形を出し始めるのです。

虫干しが目的なのですが、せっかく姿を現した雛人形

なのだから訪れる人に見ていただいたら と始まった

「お蔵のお人形巡り」もいつのまにか恒例になって

いるのですね。

平日の夕方、ふらりとやってきたのは雛人形目当てでは

ないのです、観光目玉にして再生した蔵の町もほとんど

人の姿はない。

こんなに情緒のある町を独り占めした気分で歩けることなど

滅多にはありませんよ、そう、もう何度も訪ねては沢山の

人と出会った町、でもね、時とはただ過ぎていくだけなのに

いつのまにかその知り合いがひとりまたひとり、此の町から

消えてしまうのです。

先代の嘉右衛門さん、紹介の労をとってくれたヒロちゃん、

いつのまにか目をつぶらないと会えなくなってしまいました。

そんな記憶をたどるとついこの巴波(うずま)川の辺を歩いて

しまうのです。

大酔っ払いのヒロちゃんに教えてもらった和菓子屋さんの

暖簾をかき分けると迎えてくれたのは目元を紅に染めた

お内裏様、

そうか、虫干しの季節だったんだ、

店で美味しい和菓子を所望すると、香りの立つお茶を

煎れてくださった。

縁台に腰掛けお内裏様をしみじみ見つめながらひとり

茶をすする。

とその時、確かにヒロちゃんの訛りのつよい栃木弁が

隣から聞こえてくる、

その奥からは、嘉右衛門さんの大きな笑い声、

振り向くと消えてしまうと判っていても、やっぱり懐かしくて

振り向いてしまう、

「どうかなさいましたか」

先ほどお茶を煎れてくださった店員さんが心配そうに声を

かけてくださった。

そう、きっと泣き顔していたのかもしれない、

「いや、余りにお内裏様が素敵でしたので・・・」

想い出って、突然現れてすーっと消えてしまうもの、

それじゃどこでも想い出を引きだせるかと都会の真ん中で

思い入れ強く念じてもそうはうまくはいきませんよね。

その人と出会った縁ある町を訪ねた時、それは突然現れるのです、

多分、そのために旅をしているのかもしれない、

訪ねる町には必ず出会った人との想い出があるのですか。

年老いた旅人の想い入れが幻覚を見せたとしても、それは

懐かしさを感じられるとしたら、それだけのために旅をする

意味はあるでしょ・・・

麗しき町 栃木にて