昨日は遠く越生まで梅の香りを求めて出かけてまいりましたが

寒いばかりでどうも意気があがりませんでしたね。

本日は近間の下町へ梅散策でございます。

下町の梅といえば、亀戸の天神様の境内か、向島の百花園

と相場が決まっておりますでしょ、

ところが江戸の昔は 小村井梅園 というのが人気を博して

おりましてね、安藤広重が「絵本江戸土産」にその小村井の梅を

浮世絵に残したりしたものだから随分人が集まったとか。

しかしいくら梅の名所だからといって、災害には太刀打ちできませんでね

明治43年の利根川・荒川大氾濫に見舞われて、全滅してしまいましてね、

それでも世の中というものは、太平が続き人の心が落ち着きを

取り戻すと、

「そういえば、昔はここいらは梅の名所だったんだそうだ」

なんて人の口の端に上り出すと、

「それじゃもう一度梅園を作ったらどうだ」

なんて人が現れるのですよ。

最初は梅の木を一本、二本と植えてみると、さすがに昔の梅の名所の

言霊が乗り移ってくるのかもしれませんで、あっちからこっちから

人が集まり始めまして、やがて年を重ねるうちにきっと昔の姿を

思い描けることができるようになるのですよ。

そりゃ、昔はこのあたりは人家も少ない土地柄でしたから広大な梅園

だったらしいのですが、それを現代に再園しようというのですから

土地は限度がありますよ、それでも質のいい梅を揃えれば、

きっと人の思いに応えられるものができるはず と

熱心に梅の木が植えられましてね、

さて、その小村井の梅園に丁度見頃に違いないと、

はやる心を抑えられずにやってまいりました。

どうです狭いながらも手入れの行き届いた梅の園でございましょ、

春を待ちきれずに咲き始めた梅の花はいいものですな。

(千歳錦)

桜は一斉に咲いて、一気に散るところが日本人のはかなさを愛する精神に

訴えるのでしょうが、梅は早咲きは寒の内から咲き始め、如月を咲き誇り

皐月の声を聞いてもまだその香りとともに味わえるのですから

なかなか愛しい花でございますな。

さてその梅園のある香取神社の境内に足を踏み入れると、先客はおひとりだけ、

「まだ早すぎましたかね」

と挨拶方々お声を掛けると、

「いや、一輪だけの咲く気配というものは麗しいものですよ」

どうやら俳人らしく、手にした紙に一句をさらさらと書き入れておりました。

(緑愕大輪)

こっちは、無粋にカメラなどというおよそ俳句とは相容れない機械を

取り出しての撮影でございますでしょ、

「うーん、俳句もいいな」

すぐに人の振り見て影響されるのがあたしの性格、

「アタシも俳句できますかね」

「どなたでも・・・たった十七文字ですから」

その老人の後姿を眺めながら一句を

 梅一輪 愛でる背越しの 香りかな  散人

老人はにやりと笑った。 

(開運)

花を愛でるとは、人それぞれの思いの数だけあるのですね、

平安の昔人たちは、梅の香りを衣服に重ねたそうじゃないですか、

梅の香りをそっと移して文に添えて恋文なんてことは

ああ、夢のまた夢なるかな・・・

まだまだ花の季節を楽しむことができそうな気になって

まいりましたよ。

 梅一輪 息吹きかける 寒さかな  散人

(雪山枝垂)