「♪こわい言葉を言ってしまった

 もう友だちで居られないんだよ

 人生さえも塗り替えるほど

 こわい言葉を言ってしまった

 『愛してる』・・・・」

車からは吉田拓郎のしみじみとした歌声が流れている、

車を停めたのは、いつもの海岸だった、

春の香りを含んだ海風がそっと頬を撫ぜていく。

海が見たくなると、必ずこの海を眺めにきてしまう、

この海辺には人生のほとんどの温もりが塗り込められて

いるような気がするのですよ。

半世紀、50年、この海を初めて訪ねてから、そんな永い年月が

過ぎていたことをあらためて確認するように記憶の紐を

そっと引いていた。

あの頃と同じ色の海、

歓声の消えた海はどこまでも心を内向きにしてしまう、

変わらないはずの目の前の海に

次々と懐かしい顔が浮かんでは消えていく

先人たちの笑い声、

友人だったあいつの悲しい顔、

もしかしたらこの海は常世へ繋がっているのかもしれない。

カサカサと乾いた小さな音が浜から微かに聞こえてくる、

誰かの話し声かと耳を澄ます、

老漁師が無言で作業をかたし始めたのはワカメだった、

「どのくらい干すのですか・・・」

「今朝獲ってきて昼過ぎに干したんだ、もう一日

風に当てればちょうどいいかな・・・」

そこには、人生の生活が滲んでいた、

「もうそろそろ終わりだよ・・・」

その言葉はどういう意味だったのだろうか、

ワカメの季節もそろそろ終わるというのだろうか

それとも、仕事としてやるのもそろそろ終わりにする

というのだろうか、

言葉とは不思議なものですね、

その言葉が発せられた瞬間に、

言霊がそこに取り付くのかもしれない、

「今夜は冷えるぞ」

そう言い残すと老漁師はワカメを抱えて海を後にしていった。

空が薄っすらと色づき始めていた、

あの老漁師はまったくその変わり行く空の色には

一瞥もくれなかったな・・・

言葉の要らなくなった海の色は、

幕を下ろすように宵の薄闇へと消えていく、

言葉って何だろう・・・

「あ・い・し・て・る」

もうすっかり忘れていたその言葉をそっとその海に呟いていた。