夏と呼ぶには涼しすぎる雨空の下で、人影のない海を見つめている、

どうやら会話は海が相手らしい、

真夏の純白の雲ではないが、灰色の積乱雲を眺めていると、

さまざまのことが走馬灯のように流れて行く、

しかし、それは二度と戻ることのない過去の映画を見ているようですな。

最初にこの海を眺めていたのは、大学へ入学した最初の夏でしたな、

当然のごとく金はなくとも毎日が楽しくて仕方なかった、

なにしろ朝から晩まで海辺の海岸で友人達とはしゃぎ廻っていて、

飽きることが無かったのですから、まさに ああ青春! 真っ只中でしたな、

年を取ることが嬉しくてね、

早く大人になりたくていつも背伸びしては
扱けるという日々でも、

そんなことは気にすることもなく、世の中がめまぐるしく変わっていても、

自分だけは変わらないと思えたのはどうしてなのか、

要するに、人生とは何か? なんてことは考える暇がないほどやりたいことが
次から次と見つかっていたんですな。

なにしろ、前だけ見て、振り返ることなど考えもしないし、

そんな後ろ向きの生き方など、アタシの予定表には無かったんですね。

二十代はあっという間、
三十代はやることが多すぎて考える暇もなく、
四十代へ、少し落ち着きを身に付け出し始めると、

今度は旅へのめりこむ、

旅というのはこれが曲者でね、

次から次と好奇心を刺激され、

これまた人生を振り返るなどという静かな時間を持つことは

できなくなるのですよ。

そして、気がつくと還暦、

しかし、一度も入院生活もなく過ごしてきた人生には

まだ年をとったという自覚が生まれないのですよ、

還暦から古希までの十年間、

やはり人並みに体力の衰えはやってくるものですな。

それは、いつの間にか増え始めた知人達の死によって、

アタシ等も確実に死に向かっていることを、

どんなに鈍感な感情でも気付かされるのですね。

たった十年間で両手の指ではたらないほど居なくなっていく先輩・知人達、

海を見つめていると、それぞれの顔が浮かんでは消えていく。

海を見つめていたのは、アタシ等だけではなかった、

岩の上には三羽の烏、喧嘩をする様子もなく漂う波を見つめている、

三羽烏とは気のあった仲間のことである、

この烏もやがて一羽減り、二羽減り

そして最後は一羽だけになるのか・・・

その向こうの空には一羽の鳶、

孤高の雰囲気を身につけている、

さて、三羽烏と孤高の鳶、どちらも生きる術を身につけている、

人間はどうだろうか、烏型の方が生きやすいのだろうか、

それとも、孤高の鳶の方が迷いはないのだろうか、

旅をするなら断然一人がいい、

しかし、人生を送るなら相棒が居たほうが言いに決まっている。

こうして鬼姫様と半世紀を過ごしてきた、

最後は別々の終焉が待っている、

さて、あと残された時間は・・・。

今日でまたひとつ齢を重ねる・・・。