まだ鶯の初音も聞かぬうちに梅の花は

馥郁たる香りをまき散らしている。

その梅の香りを求めて忍び込んだ大黒天の社には

つらつら椿がひとつまたひとつとまるで瞬きするように

落ちていく。

もしかしたら、

芭蕉も梅を楽しむつもりで訪れた

句会の席で

庭に咲く椿のはらりと落ちる様を鶯の笠に

見立てたのだろうか、

  鶯の笠落としたる椿かな  芭 蕉

朝から落ち始めたのだろう椿が

敷き詰められている、

寺の境内であれば、朝の作務で

清められた庭である、

朝から落ちた椿を数えていた暇人は

さすがに他にいない、

ならばと落椿の悲鳴を聞き逃すまいと

じっと佇んでみる。

息をこらして見つめている間はまったく

変化など起きない、

やれやれ気の長いことだ 

と脇見をしてもう一度視線を

戻すと、椿がひとつ増えている。

目線は外しても、耳は傾けていたのに、

何の音もしなかったよ、

きっと落椿は最後の悲鳴を誰にも

聞かせたくなかったのさ、

ひらりでもなく、はらりでもない、

音もなく、気が付くとまたひとつ落ち椿。

  落ざまに水こぼしけり 花椿   芭蕉