久しぶりの会津の昔町で旅の楽しさを満喫した後で、

昨日教えていただいた桜を訪ねた、

「夕方は5時で閉まってしまうからその前が、

 静かな桜を楽しめるよ」

そう教えてくれたことを実行しようとわざわざ時間をつぶして

いたのです。

白樺の続く山路は真っ直ぐに山に向かって伸びていた。

入り口で帰り支度をしていた係りの婦人に出会う。

「もう間もなくゲートが閉まりますので、車は此処に置いて

いただければ、歩いてなら入れますから」

と、わざわざ駐車の場所を空けてくださった。

「此処は日本で一番遅く咲く桜だそうですね」

「えっ!そうだったんですか、私たちには

当たり前に咲く桜だと思っておりましたのに」

そういうとニッコリと微笑んでくださった。

彼女が軽快なエンジン音を残して山を降りて行ってしまうと

残されたのは私ひとり、

静まった深山に聞こえてくるのは鳥達の声

「確かにソメイヨシノだ」

磐梯山を背景に一叢の桜、

あの谷中や上野、向島で爛漫と咲くソメイヨシノの華やかさは

何処にも感じられなかった、

「なんと清楚な花なんだろう」

オオヤマザクラを思わせる花の色は紅に頬を染めた乙女の姿、

振り向けば満開のヤマザクラが

その無言の美しさを競っていた、

  桜花散りぬる風のなごりには

    水なき空に波ぞ立ちける 

        紀 貫之 (古今和歌集)

はらはらと散り始めたヤマザクラの下で

空に舞い散っていく桜花を

「水なき空に波ぞ立ちける」

と詠んだ貫之の心情が迫ってくる

部屋で読む本からでは決して味わうことのできない

心の動きこそ桜が誘い込む詩心なのかと

思わず天を仰ぐのです。

  母恋しかかる夕べのふるさとの

    桜咲くらむ山の姿よ

  ううすべにに葉はいちはやく萌えいでて

    咲かむとすなり 山桜花

            若山牧水

旅の詩人 牧水は すべての花のうち ヤマザクラを

こよなく愛した、今、このヤマザクラの下なら

牧水の声が身近に聞こえてくる気がしていた。

  葉隠れに散りとどまれる花のみぞ

    忍びし人に 逢う心地する

            西 行

あの猪苗代湖が眼下に広がって

まるで 天の鏡のように浮かんで見える。

ヤマザクラの下を抜けると冷ややかな一陣の風が吹き抜けた

揺れ動くカスミザクラが全ての視界を遮った、

「今まで見つめていたのは全て夢境だったのか・・・」

遅咲きの桜はその足音を忍ばせて天空に舞っていった。

磐梯山にて