朝の冷え込みはもう冬がそこまできていることを

思わせておりました。

ついこの間まで紅葉を求めて旅をしていたのに

今は紅葉の彩が東京にやって来てくれたのです。

朝が早起きになるのは、この美しい景観を目に焼き付けて

おきたいという願望なのです。

仕事場への通り道にある細田神社の欅と銀杏が見事な彩を

見せてくれているのを見過ごすわけにはいきませんでしょ。

はらはらと舞い散る落葉を踏みしめて境内に歩を進めると

「シャーッ、シャーッ!」

箒の掃く音が聞こえてきます。

「おはようございます」

その老人は、本殿前に舞い散った落ち葉を丁寧に掃き清めて

おりましてね。

「おはようございます」

やっぱり朝の挨拶は気持ちいいですね。

金網に囲まれた狐の石像を眺めながら

「此処はお稲荷さんだったのですね」

「ええ、ここの社はどうやら三百年程前に

三河からやってきた 人々が一緒に持ってきた

お稲荷さんだったらしいですよ、私が子供の頃、

地着きの老人から聞いたことがありましたよ」

箒を持つ手を休めると、話に華が咲き始めました。

沢山の人の名が刻まれた石垣は明治百年を祈念して

当時の人々が建てたものですが、

その石垣にもたれかかりながら話を聞かせてくれましてね。

「杉浦さん、月村さん、中野さん、あたしが子供の頃

みんな可愛がってくれた人たちでね、

もう誰も居なくなってしまったんで、せめてのお礼の

つもりで毎朝掃除をしてるんですよ」

お歳を尋ねると、八十を越してしまったと笑いながら

教えてくださった。

昔はこの辺りは農作物の宝庫で、みんな農業で生計を

たてていたのですが

今は見渡す限り家、家、家・・・

それでも鎮守として稲荷神社だけは今も大切に守られて

いるのです。

紅い鳥居はありませんが、れっきとした稲荷神社、

「二月の初午はお祭りをやりますから来てみてください」

M老人は再び箒を持つと境内を掃き始めるのでした。

毎日、毎日、降り落ちてくる落ち葉を、

飽きることなく掃き清めるM老人の日課はきっと変わることなく

続けられるのでしょうね。

それは、自らが決めた約束事なのですから・・・