小野町と大越町の境にふさがるように横たわる風越峠を

今はトンネルであっという間に通り過ぎてしまう。

かつては国境であり峠を挟んで別の国であった二つの町は

気候も風土も違うにもかかわらず平成の大合併で田村市と

なったと言う。

勿論、あの稀代の英雄坂上田村麻呂にちなんだ名であろう。

ここ大越(おおごえ)には、あの坂上田村麻呂に果敢に抵抗を

試みた大多鬼丸軍の下で最後まで戦いを続けた

兄鬼五郎と弟の幡五郎の兄弟の伝説が「鬼伝説」として

今も語り伝えられている。

向かった先は大越の永泉寺、朝からの雨は風越峠を越えても

一向に止む気配はない、

もう何度も訪ねている永泉寺の枝垂れ櫻は先週はまだ開花も

していなかったのに冷たい雨の中で見事に花開いておりますよ。

軒下をお借りして雨宿りをかねてこの樹齢400年を越すと言う櫻に

見ほれているという時間とはなんと言う至福のひとときでしょうか。

「この雨では誰も訪ねてくる人はないな」

そんなことを考えながらぼんやりと櫻を眺めていると、

雨の中をオートバイにまたがった老人が小さなエンジンの音

とともにやってきましてね。

「この雨だから誰の来ないと思ったが様子をみにきてみたのさ」

と かなり訛りのあるしゃべり口調で話し始めた。

「カザグシサコエデギタヌカ」

なんのことやらさっぱりわからなかったが、何度か聴いているうちに

「風越峠を越えてきたのか」

という意味だとわかりましてね。

それからは、この地域の歴史から始まり、この櫻にまつわる伝説、

それは人の怨念のこもった話でありましたが、一時間近くも聴いていたのに

全部を理解するには私の読解力では半分も理解できませんでしたがね。

このお寺は近在の檀家60軒で維持しているのですが、なかなか大変で、

この櫻を観に来てくれた人が少しでもお布施を置いて下さったら

助かるのだと、なかなかの現実派でありましたよ。

聞けば檀家世話人を長く続けているのだと胸を張った。

「そこにある『永泉寺桜見物思い出記帳』に名前を書いておけば住職が

 いらした時に供養してくれるよ」

と進めてくれた。

これも来て頂いたお客さんに少しでも思い出を残して欲しいという

世話人のアイヂア(アイデア)なのだと笑った。

私も記帳して勿論賽銭箱にお賽銭を入れましたがね

しばらく話し込んでいると雨の中一台の車が入ってきましたが、

車の窓を少し開けて写真だけ撮るとそのまま帰ってしまった。

「どうやらお賽銭はダメだったですね」

本堂の軒下には来て頂いたお客様に飲んでもらうようにポットの中には

甘酒が入っている。

それも世話人さんの手作りで喜んでもらえたらという素朴な想いなのだと・・・

「甘酒飲んでいくかい」

「いや、車だからお茶をいただきますよ」

と、おいしいお茶をご馳走になりました。

「どうやらこの雨も止みそうもないし、お客も来ないだろうから帰るよ」

世話人さんは雨合羽を着るとオートバイにまたがり、小さなエンジンの音を

残して帰っていった。

軒下に落ちる雨だれの音だけが聞こえる静かな山里に

歴史を見続けてきた桜だけが雨に揺れていた旅の途中です。

さてと、何処へ行こうかな・・・

阿武隈山麓 瑞鳳山永泉寺にて