立春から数えて二百十日、各地では野分の季節を迎え

風鎮めの祭事が行われるのです。

富山の八尾では九月一日から三日間、風よ鎮まれと

菅笠を目深くかぶった踊り手たちが舞い続ける風の盆が

今も続いています。

十五年も通い続けた越中八尾への旅をきっぱり辞めてから

この時期に各地でも行われている除災を祈る祭事が行われて

いることにも気づいたのは八尾の夢から覚めたおかげかも

知れませんね。

今年も九月の声を聞いて甲斐郡内生出神社八朔祭りに

伺ったその足で列車を乗り継いでやってまいりました

常陸國鹿嶋神宮例祭でございます。

前日の『神幸祭』で楼門前に設えられた行宮にて一夜を

過ごされた鹿嶋大神の御魂が本宮へ還るための祭典が

『還幸祭』であります。

たて続けに列島を通り抜けていった嵐になすすべもない

人間の儚さを感じるのは古人ばかりではなく、

現代人とて、神に祈りを捧げるしか方法がなかったのです。

束の間かもしれない晴天を待ち望んでいた人々は

除災招福、五穀豊穣、家内安全を祈るために祭礼を行うのです。

式典にはそんな祈りを込めて人々が行宮前に続々と集まってきます。

神官の木靴の音が響くと、整列していた役員、供奉者、輿丁奉仕者はじめ

この場に集い合った人々に緊張が走る。

笙、篳篥(しちりき)、龍笛の厳かな音が流れる中、粛々と祭典が始まる。

神官によるお祓いによって参加者の穢れを祓い終わると、

宮司による祝詞が奏上される。

その一字一句も聞き逃すまいと耳を傾ける、

祝詞の中では祭神を「武甕槌大神」とは呼ばず「鹿嶋大神」と

呼ばれていることに

なるほど と頷いたりしながら祝詞奏上を聞き終える、

いよいよ神官、役員、供奉者、輿丁奉仕者の呼び込みが始まる、

それもひとりひとり名を呼ばれると、

「おーっ!」という古式然とした返事とともにそれぞれの役目の者が

席を立つ。

猿田彦 ○○! 「おーっ!」

天鈿女命 ○○! 「おーっ!」

可愛い女性の声に思わず式場が和むのです。

大幡、榊が運ばれ、陣笠、陣羽織姿の供奉者達がそれぞれに幡を持って

行列に並んでいく。

白丁姿の輿丁奉仕者が行宮から還し出された宮神輿を担ぐ、

その後ろには、

警護役の鹿嶋流、総大行事等が流服、隊服着用で整列する、

全てが整ったところで、大太鼓が打ち鳴らされると、町内巡幸が

始まった。

町内で待ち受ける山車の前では町内役員が整列して鹿嶋大神を

見送るのです、

下座連からは段物の囃子が流れている。

祭事というのはそう永い時間をかけることではなく、

町内を巡行してきた一行は

再び神宮に戻ると、楼門を潜り、

神の御魂のお乗りになる神輿を拝殿奥へと

納めるのでした。

再び宮司による祝詞奏上、

神への感謝の言葉が綴られている。

そして参加者全員が一拝したのち、

拝殿奥からなんとも形容できぬ声が漏れ聞こえてくる、

「うおーっ!おーっ!」

何度が繰り返されたあと、その奇声はピタリと止まった。

あれは神の声なのだろうか、各地の祭りで神輿宮入りの際に

宮司が叫ぶ声は何度も聴いておりましたが、

この鬱蒼たる鹿嶋の杜の中に響く声は

神の声に違いないと思えてなりませんでした。

時間にすれば正味一時間ばかりの神事が全て終わると、

そこに集い合った祭り人のだれもに安堵の表情が流れるのでした。

再び町内では山車の乱曳きが始まりました、

聴きなれた鹿嶋囃子(佐原囃子)が若衆たちの踊りを誘い出す、

夜になれば年番引継ぎがあるという、

通し砂切りがここでも流れるのだろうか、

そんな興味が尽きなかったが、一度にあれもこれもと

欲張ることはもったいない気がいたします。

過ぎていく夏を惜しむように 蜩の鳴き声が鹿嶋の杜の静けさを

伝えておりました。

次回の楽しみを残して鹿嶋の地を後にした祭り旅の途中です。

(2018年9月記す)