しとどに濡れてこれは道しるべの石  山頭火

目の前の全てが湿り気を帯びた道を歩いていると、

その道が寺に向かっていることに気づくことがある。

いや、もしかしたら無意識にそういう道を選んで

歩いているのかもしれない。

行乞の放浪を続けた山頭火に惹かれるのはもしかしたら

危ない兆候なのだろうか、

それとも雨が視野を狭くするせいなのだろうか。

内に向かって旅をしている自分にその雨が背中を押す。

 このみちをたどるほかない草のふかくも  山頭火

山頭火のいう この道とは多分二河白道(にがびゃくどう)

のことを表しているのだろう。

白道とは彼岸に向かう旅人(人間)がどうしても通らなければ

ならない道のことである。

『二河白道の譬え』

「人ありて西に向かいて行かんと欲するに百千の里ならん、
忽然として中路に二つの河あり。

一つにはこれ火の河、南にあり。
二つにはこれ水の河、北にあり。

二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし。
正しく水火の中間に、一つの白道あり、闊さ四五寸許なるべし。
この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、
その水の波浪交わり過ぎて道を湿す。その火焔また来りて道を焼く。
水火あい交わりて常にして休息なけん。」
           教行信証より

火の河と水の河の間にある僅か四五寸の細い道、

どちらに落ちても仕方ない道、それが白道だという。

人はいつでも彼岸に向かう旅人なのだと 山頭火はその細い道を

歩き続けたのだろうか。

果たして彼岸に行きつけたかは誰も知ることはできない。

 死んでしまえば、雑草雨ふる  山頭火

孤独の旅人と思われている山頭火も、彼が書き残した句を読むと

驚くほど多くの先人達の姿が見えてくる。

芭蕉、蕪村、一茶、そして放哉、井月

さらに若山牧水・・・

多分、彼の旅にはその旅を取り巻く自然のなかにそれら先人との

会話が交わされていたのだろう、

いつでも白道を歩いて行く先人の後姿を友として・・・

 後姿のしぐれていくか

そういえば下町深川生まれの母は新暦でお盆を行っていたっけ、

昨年から我が家は旧暦でお盆をやろうと決めていた。

雨の中、お寺に向かって歩いてきたのは母が

「どうして迎えに来ないんだい」

という呟きを聞いてしまったのだろうか。

「おふくろさん、もうひと月待っててください」

と手を合わせる。

赤いオートバイのエンジン音が止まると

郵便配達の若者が軒下に飛び込んできた。

目と目で交わす挨拶の後、

突き当たりの山門の軒下で無言の雨やどり・・・

雨の鎌倉「光触寺」にて