「オーッ!浅草にもこんなきれいな空があったんだ」

ぼんやりと西の空を見上げていると、背中を叩く人の気配

随分優しい叩き方に、

もしや綺麗な姐さんじゃないかと振り向けば

「なんだ 源さんか」

「おうおう、洒落た挨拶じゃねーか 誰だと想ったんだよ」

「あんまり優しく叩くからてっきり粋な姐さんかと・・・」

「顔洗って出直して来い、そんな爺に粋な姐さんが

 声なんぞかけるもんか、この源さんが丁度お似合いダ」

折角、いい気分で夕暮れ散歩を楽しもうとしてたのに、

出鼻をくじかれちまいましたよ、

「仕事帰りかい」

「オレは誰かさんと違って暇人じゃねーからな、

 毎度お馴染み暇人散歩かよ」

「誰に迷惑掛けるわけじゃないからね、なんなら一緒に行くかい」

「何かいいことあるのかい」

「そりゃ、あるさ、こんなごま塩頭の偏屈オヤジじゃなくてさ、

 絶世の美女が現れて、「今夜は帰さないよ」なんてな」

「駄目だこりゃ、宵の口から色ボケか、オレは漠(ばく)じゃねーから

 そんあ夢みてーナこと信じられるかよ」

オレはひとっ風呂浴びて こっちだ と徳利持つ手で涎を拭く仕草、

半纏の後姿に

「けッつまずくんじゃないよ、もう爺なんだから」

といつもの挨拶で源さんと別れると、まずは観音様へ

それにしても、浅草はしぶといね

まだ気分は正月、

師走から初午まで、ずーっと正月引っ張るのですからね、

まあ、お目出度い気分は悪い気はしないからいいじゃないですかね、

いつもの路地をひとめぐりして、

「そうだ、源さんに教えてもらったあの方にもご挨拶しなければ」

と大川を渡って見上げるご尊顔に手を合わせ、

そういえば今日は新月か、

今夜は空が暗いぞ、良縁なのか悪縁なのか

なるべくなら、いい方へ傾いて欲しいものですよ。

勝海舟先生にお参りして大川の袂で西の空をながめれば

浅草は紅灯の巷、

あったかくもあり、

優しくもあり、

吾妻橋渡って浅草に戻れば、

大川を吹き抜ける寒風に思わず震え上がる

浅草散歩でございます。