毎日目的も無く、フラフラと街を歩いているとね

妙なところへ迷い込むことがあるのですよ、

何度か経験してみると、ある条件がありましてね

大抵は夕暮れがせまった雨上がりの少し冷たい風が

吹き抜けている頃なんです。

みんなが忙しそうに行き交っている明るい街では

まったく起きませんから安心してくだいな。

仕事にあぶれたオヤジが足を引きずりながら

ズッタ、ズッタと歩いていく後姿を、なんの感慨も無く

見つめているとね、急にそのオヤジが振り向くのです、

そして必ず手をポケットに入れたまま、あごで呼ぶのですよ、

「こっちダ!」というようにね、

まだ顔も見た事も無いし、話もしたことの無いそのオヤジは

どうしてアタシのことを知っていたんだろう・・・

なんて想像しちゃだめなんです、

呼ばれたまま素直についていくとね、

フッとそのオヤジの姿が消えちまうのです、

「そうか、迷宮の入り口って何も考えない人間にだけ口を

開けてくれるのですよ」

何も考えないから、躊躇することもないでしょ、

いったいココは何処なんだろう、

そんな昔じゃないはずなのに妙に懐かしい、

微かに灯りが見える、そして人の話し声、

でもね、耳をいくら澄ましても何を話しているのか判らない

のです。

その扉に手を掛けようとして、慌てて手を引っ込めたのは

以前にも体験していたことを思い出したからなんです、

その開けた扉の中に入ってしまったら後ろで閉まった扉は

二度と開かなくなることをね。

まだ真冬だというのに生ぬるい風が臭気をただよせながら

吹いてくる。

口を押さえ、背を丸めて後ずさりしながら戻ると、

路地の先は陽が差している、

もう是くらいのことじゃ驚きませんよ、

十年間で五回もこの扉を開けたことがあるのですからね・・・