「どうだい、今日の波は」

「最高すっよ!」

もう何十回波に乗ったか判らない、もうボードに乗る力も

残っていないと海を見ながら二人は声を上げて笑った。

「寒くないのかい」

「忘れてましたよ」

「若いっていいな」

暮れなずむ海を見つめる二人の若者に別れを告げ、防波堤の上を

港に戻ってくる途中でその男に会った。

会ったというより、あまりに冷たい瞳に思わず足を止めたと

言うほうが合っているかもしれない。

しばし躊躇したが、思い切って声を掛けた。

「冬の海はそんない寂しいかい」

「・・・・」

心が閉じてしまっていると感じ、立ち去ろうとすると

「やっぱり、寂しそうにみえますか」

「いや、今まで若いヤツの笑い声の中にいたものだからね、

 邪魔じゃなければ・・・ 少し海をみようかな」

少し間を空けて防波堤に腰をおろし耳を澄ましてみると

風が低く唸る海の叫びをつれてきていた。

「海鳴りが聞こえるよ」

独り言のような、その男に話しかけるようなどっちつかずの

まま呟いてみた。

「あの丘の上の白い煙突知ってますか」

その男が顔を向けた先に確かに白い煙突が見えた。

「ああ、知ってるよ、火葬場の煙突だよ」

「私ももう直ぐあの煙突から煙になっていくんですよ」

「冗談にしちゃ、あまり程度が良くないな」

顔を見つめるとその瞳から一筋の涙が流れた、

「アンタには気の利いたことは言えそうもないな、でも

 黙って聞いていることくらいはできるよ」

「あと、三箇月なんですよ」

「寿命がか、誰がそう決めたんだい」

「私、癌なんです、医者が三箇月だと・・・」

「私の友人にも三箇月と宣言されて、一年半になるけど

 まだ悪態ついてるヤツがいるよ」

「慰めなんて言わないでください」

「私はアンタの友人でも親戚でもないから、別に慰めなんて

 言う必要はないよ、嘘つくのは嫌だから本当のことを言っただけさ」

「私の未来は無いんで!」

「それも誰かが決めたのかい、自分でそう思ってるだけじゃないのかい」

「貴方には私の気持ちなんてわからないですよ」

「独り言を言うから、聞きたくなかったら聞かなくてもいいよ、

 お祭り好きな若者だったな、皆から信望があって祭りになると

 若頭務めて声が枯れるほど大騒ぎしたその祭りの翌日、その若者は

 死んだ、交通事故さ、そんなこと誰が信じられるかい、もしかしたら

 本人だって信じられなかっただろうよ、つまり、人は生まれたら必ず

 死ぬということ、これだけは例外が無いのさ、ただ、早いか遅いかだけさ」

「・・・・」

「アンタは多分私より二廻りくらい若いだろう、普通なら私の方が

 先に逝くのが当たり前だけど、アンタの方が先に逝くと決め付けてるけど

 これから東京へ戻る途中でダンプと衝突して敢え無くあの世に逝っちまう

 かもしれないんだよ、神様だけさ 人の寿命を知ってるのは」

「どうしろって言うのですか」

「三箇月といわず、生きたいだけ生きればいいのさ、それも一日、一日を

 今まで以上に懸命に生きてみることだよ」

「他人事みたいに・・・」

「じゃあ、誰かに代わってもらえるのかい、アンタの人生は誰のものでも

 ないよ、アンタ自信のものさ、生きるのも死ぬのもな、じっと一日中

 海を見ていても時間は過ぎて行くだけなんだ、時間だけは誰にも公平

 だからね」

「・・・・」

「自分が変わらなければ何も起こらないよ、そうそう、あの丘の途中に

 古いお寺があるから寄ってみるといい、逝ってしまった人を忘れないために

 残された人たちが大切に想っていることがわかるからね」

「帰りにそのお寺さんに寄ってみます」

「そうだ、あそこへ行ったら耳を澄ましてみるといい、微かに海鳴りが

 聞こえるから、みんな海鳴りを聞いて過ごすのさ、海の男達が昔から

 そうしたようにね」

「何だか私の方ばかりしゃべっちまって、気を悪くするなよな」

その男は微かに微笑んでくれた。

もう会うことはないだろう、思い切って飛んでくれ!

ある小さな港町にて