梅の香りに誘われながら、

「ああ、もう春だよ」

なんて呟いていたのに、何と言う寒さだろうか、

三寒四温というには、あまりに急激な温度変化に

老人達は身体がついていかなくなっている。

急激な温度変化が先輩の身体を直撃した、

心筋梗塞で病院へ運ばれたという、

アウトドアー派を任じていた先輩は、早い治療によって

何とか命だけは取り留めた、

見舞いにいった帰り道、アタシより四歳年上の先輩の急変に

人間には明日の保障などないことを思い知るのです。

冷たい雨と、悲しい出来事に出会った日は、

上を向いて歩くなんてことは考えもしないのですよ。

とぼとぼと足元ばかりを見つめながらの路地裏散歩、

いつのまにか、花の庭に佇んでおりました。

季節柄、梅の花だけは空に向かってすっくと

美しい姿勢を見せている。

どうも心が内向きになっているのだろう、

何を見ても、希望が見出せない、

霙交じりの冷たい雨が、水仙をなぎ倒していく、

「可愛そうに、元気を出しなよ」

目を移すと、枯葉の隙間からはっとするほどに

輝いている花あり、

「福寿草だよ」

そうだったね、悲しいことも、嬉しいことも、

顔に出すことなくただそっと咲く福寿草、

冷たい空の下で最初に咲き始める

その姿に人は、寿ぐこころを見つけていたんだね。

こんなに寒い日なのに、辺りを見回せば、ほら

ミツマタも、マンサクも蕾を開かせようとしているじゃないか、

「元気を出せよ!」

きっとそう云ってるんだろうね、

もう間もなく、桜の便りが彼方此方から聞こえてくるだろう、

其の頃までには、先輩も歩けるようになるかもしれないしね、

今年の桜はどんな姿を見せてくれるのかな、

来年見られる保障なんてない人間にきっと華麗な舞姿を目に

焼き付けてくれるでしょう。

「元気を出せよ!」

と云いながらね。