16歳で自動車運転免許証を取得して、といってもまだ

高校1年生でした、そのころといっても昭和30年代ですから自家用車

を持つなんていうことは夢のまた夢、しかしオヤジは自動車関連の

仕事をしておりましたので、古いルノー4CVを乗れるようにと

夢を叶えてくれたのですよ。

ところがこの4CV、夏などは勿論冷房なんてありませんよ、

そして当時の道路事情といったら、都内は路面電車が縦横に張り巡らされて

自動車はその脇を小さくなって走っていたんですよ。

愛車となった4CVでずいぶんあっちこっちと出かけましてね、

千葉の勝浦で夏の間こもるために友人を乗せて出発、

当時の道路は都会を離れれば全て未舗装で、車とすれ違うともうもうと

あがるほこりで前が見えないほど、おまけに暑さで窓は全開ですから

勝浦に到着した時は、全員髪の毛も、顔も真っ白、そのまま海に飛び込んで

ほこりだらけの身体を洗うなんていうのは今考えてもいい思い出ですな。

あれから半世紀、車のハンドルを持たない日がないほど日本中を

走り回りましてね、一日1.000kmなんて走ってもなんとも感じないくらい

運転が大好きだったんですね。

北は北海道から南は九州まで行かない県はないほど走り回っていると

車のメーターは1年で50.000kmなんて当たり前だったんですから

常軌をを逸していたのかもしれません。

旅といえば何処へ行くにも自らハンドルを握って半世紀、

車は取り替えれば新しい車が手に入りますが、肝心の自分の身体は

取り替えられないのですよ、とうとう長距離に身体がついていかなく

なりました。

どうしたら楽に旅ができるだろうか・・・

飛行機、新幹線、船、電車と他に手段はいろいろあったのですね、

試しにふらりと乗った列車の旅、これが実に新鮮でしてね、

それも行き先を決めないでまずは乗り込んでからどこへ行こうか

なんていう旅の面白さは 自由 の象徴のようじゃないですか。

 新宿の雑踏の中で ふと空を見上げた、

「波の音が聞こえる・・・」

新宿駅で飛び乗ったのは湘南新宿ラインだった、

初めて乗る電車は、一時間も掛からずに大船駅だった、

「鎌倉か・・・」

行き先を迷っているうちに列車は再び走り出してしまった。

「次は藤沢、藤沢です」

慌てて降りてみた、勿論、藤沢の町も何度も訪ねているが列車で来たのは

初めてだった。

駅をおりると、小田急と江ノ島電鉄の始発駅がある、

江ノ電なら海が見えるかな、

学生の一団に混じって横揺れの激しい江ノ電で海に向かう。

降りたのは江ノ島駅、

駅から江ノ島へ向かって歩く、初めての経験は全てが新鮮ですな、

しかし、海へ向かう前に、横道にそれてしまった、

その道は腰越に向かう古い商店が並ぶ道、真中をレールが走っている、

正面から江ノ電がゆっくりこちらに向かってくる、

するとそれまで我が物顔に走っていた車が止まって電車の通過するのを待つ、

嗚呼! 50年前の東京の姿がここには残っている、

勿論、このレール道を何度と無く車では走っていますが、こうして歩いて

いると全く感じ方が違うのですね。

ここからは海は見えない、だから東京の昔を思い出せたのかもしれない、

腰越駅まで歩くと、折りよくやってきた藤沢駅行きに乗った。

電車の中から窓の外を眺める、脇に除けた車がテールランプを光らせて

止まっている。

「たしかに昔はみんなこうだった」

スマホ手に笑い合う女子高生に囲まれて藤沢駅に戻ってくる。

小田急の駅に向かうと、30分ほどで新宿行きのロマスカーがあるという。

待ち時間をコーヒーショップで香りのいい珈琲を飲みながら待つ時間の

なんという気分のよいことか。

いつの間にかロマンスカーのシートにもたれて眠っていたらしい、

気がつくと新宿駅の喧騒の中に佇んでいた。

もしかしたら夢だったのかな、

それでも歩きすぎてフクラハギが攣りそうなのだが・・・

(2018年秋)