大都会の真ん中で、ふと空を見上げたことがありますか、

大抵の人は前方や足元を見つめて、つい急ぎ足になったり

していませんか、多分、都会という街がそうさせるに違いない

と思っているんです、

みんなが同じ方向を向いて歩いていくことに違和感を持つて

しまうのは私だけではないと思うのですが、どうも景色の中に

埋もれてしまっているように見えてしまうのです。

その時でした、空を見上げている男に出会ったのは・・・

「何か見えるんですか」

つい話し掛けてしまった、

「たそがれですよ」

思いもよらない応えに思わず顔を見つめてしまった。

「たそがれは空からしかやってこないのですよ」

こんなに断定されたのも初めてでした。

「一日の区切りはたそがれが決める気がするんです」

「たそがれですか、それでは毎日たそがれが無くては・・・」

「いえ、たそがれは毎日はないのです、

たそがれがない日はそのまま夜の帳の中に

紛れてしまうのです。だからたそがれはケジメをつける

には見逃せない瞬間なのです」

判ったような、違うような気もするのですが、

そうはっきり言い切られるとなんだかそんな気がしてくるから

可笑しなものです。

「それでは、昨日も見つかったんですか」

「いや、一週間ぶりに見つかったんです、ほら、あそこですよ」

その指差す先をつられるように見つめてしまった。

「た・そ・が・れ・・・」

「ねっ、確かにあるでしょ、あっ、視線を切ってはダメ、

すぐに消えてしまいますから」

瞬きもせずにじっと見上げたそのたそがれは、

だんだん下にさがってくると目の前で、

シャボン玉が弾けるように音もなく消えた。

「終わりました、次に見られるのは何時かな・・・」

そういうと、その男は黙礼して歩き出していた。

なんだろう、彼は魔法をかけたのだろうか、それとも、

言葉を巧みに使う怪人だったのだろうか、

「た・そ。が・れ・・・」

呪文のようにもう一度呟いてみる。

ビルの途中でひっかかっていた たそがれが

ふわりと舞い降りてきた、

瞬きをした瞬間、そのたそがれもふっと消えた。

夜の帳が、向こうから歩いてくる、

もう会えないたそがれに次はどこで会えるだろうか、

あの瞬間だけ無音だった気がするんですよ、

ビルに囲まれたほんの狭い空だけに見えるのかもしれないね。

あなたも見つけてみませんか、大都会のたそがれを。

すぐに消えてしまいますから、こころを研ぎ澄ましていないと

判らないかもしれませんがね。

あれから、都会を歩いているとつい空を見上げてしまうのです、

きっと周りをビルで囲まれていると、心が狭くなっているんですよ。

山や海ではまったく感じなかった不思議な体験なんです、

都会の中だけの不思議だとしたら、それはそれで面白がってみるのも

いいかもしれませんよ、だってどうせ退屈な日々だと思っていたんですからね、

「えっ!、インチキ云うなですって、いえ、

 私にも見つけられたのですから あなたにもわかりますよ、

 研ぎ澄ました心さえあればね」

もしかしたら、その消えてなくなるまでの僅かな瞬間に願い事が叶うかも

しれませんよ、いえ、私もやったことはありません、だって、

目で確認するとすぐに消えてしまうのですから・・・