まれびととなって海からやってきた神がこの浜に

姿を隠してどれほどの刻が流れたのだろうか、

一年前、いや五年前、いやいやそんな時間の観念では

推し量ることのできないほんの僅かな変化も見逃すまいと

目を、耳を、じっと凝らしていたが、

この海は全く変化をよせつけてはいない。

この海べりの集落で、

出会う人たちから沢山の話を聞いた、

天富尊のこと

布良星伝説のことも、

鮪延縄漁のことも、

うつぼ漁を続けている老夫婦のことも

そして、あの病身だった女の人の話も

思い出せば数え切れないほどの沢山のことも、

すべて闇の中に隠しこむように夕闇がやってくる。

一日の最後を飾るように、

ほんの一瞬だけ海が紅に染まる、

その一瞬を確認するためなら、

何度でも通い続けるだろう、

ここにあるのは、

今と言う時間を被った神話が潜んでいるのだから、

目を細めて、じっと耳をそば立てている、

「オーイ! オーイ!」

ほら誰かが叫んでいるじゃないか、

姿は見えなくても、

その存在が確認できる方法を

先人たちは持ち続けていたのです、

『以心伝心』

いや誰かを思いやるこころが、

見えないものを確認できる力を

もたらしたのだ。

光が弱まると同時に、

今まで聞こえなかった打ち寄せる波の音だけが

繰り返し聞こえ始めていた、

闇の海底から呟きが一緒に押し寄せてくる、

何千、何万、いや何億というこの地球上に生を受けた人々の

歓喜の声であって欲しい、

此処は、常世の声が聞こえる布良の海・・・