「三分もすれば次の電車が来ますよ」

若者は当たり前のことだというように答えた。

「必要なものは何でも買えばいいのよ」

その婦人は当たり前のことだと答えた。

「もったいなくないですか」

との質問に、何を馬鹿な事を聞くのかと

いいながらさっそうと行き過ぎていった。

いつもの日常に誰も疑問など持たないのです、

当たり前のことだから。

大震災から三日目の東京です。

たった一日で、すべてのことが当たり前ではなくなった。

血走った目の婦人が叫ぶ、

「何で何も無いのよ!」

店からは品物が消えた、

GSからガソリンが消えた、

駅から電車が消えた、

「昔は何も無いことが当たり前だったんだよ」

と呟いてみても、右往左往する人の群れには通じないだろう、

「おじさん、何でニコニコしてるの」

その少女は透き通った瞳で見つめながらそう聞いてきた、

「うん、もしかしたら、目が覚めるかと思ったからさ」

「だっておじさんは寝てないじゃないの」

「おじさんもだけど、大人も子供も我慢を覚えるかも

しれないと思ったからさ」

「がまんってなーに」

「そうだね、欲しいものがあってもすぐに買ってもらわないことかな」

「あたし、欲しい物があるんだ、でもママが今はダメっていうから

がまんしてるよ」

「そうか、キミはえらいね、おじさんもキミくらいのときは

がまんしてたんだけど、大人になったら何でも欲しい物は

お金で買えると思ってしまったんだよ」

「おじさんはお金持ってるんでしょ、なら買えるじゃないの」

「お金はあっても、欲しいモノの方が無くなってしまったんだよ」

「そしたら大好きなケーキも無いの」

「うん、無くなったんだよ」

「アタシがまんできるよ」

「キミは賢い娘だよ」

何もかも一瞬にして無くしてしまった人がじっと佇む後姿を

どんな気持ちで見つめればいいのだろう、

我慢することを無くしてしまった都会人が、

何も無くなった陳列台の前でじっと佇んでいる。

今度こそ、本当に目が覚めるだろうか、

同じ生活が続くことなどないことを噛み締めながら

アタシは今日も生きています。