「どちらまで行かれますか」
「出来れば10年前の海風にあたれる
ところへ行きたいのですが」
しばらく思案していた駅員は
「それでは・・・2番線から出る
列車にお乗りください」
教えられるままに、その小さな列車に乗り込んでいた。
何時になったら発車するんだろうか、
随分待たせるじゃないかと車内を見渡すと先客が一人
気持ちよさそうに居眠りをしている。
どうやら時刻表は無いらしい、
いい加減諦めかけていたところへ
若いカップルが息せき切って乗り込んできた。
「間に合ったみたい」
発車のベルが鳴るわけでもなく、ドアーが閉まると
列車はゆっくりと走り出した。
窓から流れ込む風がまるでそよ風のように感じる、
窓の外に目をやると、少年の乗った自転車が列車を
追い越していった。
「歩いたほうが早かったかな・・・」
独りで呟いていると、若いカップルの娘さんが
話しかけてきた。
「おじさん、どちらまで行かれるのですか」
「一様、キップは10年前の海行きをいただいたのですがね」
「あら、あたし達は二年前の海行きなの、初めて彼と出逢った
海にもう一度行こうって」
「へーっ、そうなんだ」
「おじさんの降りる駅はきっと終着駅だよ、この列車の
止まる駅は全部で10箇所だからね、それから、帰る時は
途中下車してはダメだよ、二度と帰れなくなるからね」
列車が二番目の駅で止まると、そのカップルは手を繋ぎあって
列車を降りていった。
「また、逢えるといいね」
アタシは何度も頷いてお礼を言った。
二年前駅を発車した列車はアタシだけを乗せて、もうこれ以上遅く
走れないほどゆっくりと旅人を昔へ昔へと誘っていく。
八年前駅を通過した時、海の臭いが漂い始めた。
「間もなく十年前駅です」
車掌さんが丁寧に教えてくれた。
プシュッ!
小さな音とともに扉が開くと
其処は10年前のあの駅でしてね。
やっぱり駅前には何の店もなく、広場の先は
下り坂の路地、そしてその路地の奥にちらりと
海が見える。
坂を下りる度に磯の臭いが濃くなり始める。
抜けるような青空の下に、漁から戻った漁船が岸壁に
繋がれ微かに揺れている。
人の気配の無い港を彷徨うように歩いていると、
話し声が聞こえてきた、近づいてみると、その二人は
漁が不作だと話しあっていた。
声を掛けようとすると、足元で犬が言う。
「オジサン、ここではね、話をしてはイケナインダヨ、
10年前だということを忘れないでね」
そうだったね、此処は10年前のあの時だったんだ、
了解したと頷くと、その犬は安心したのか、主人の
足元に座りこんでいた。
まるで映画を見ているような錯覚を覚える不思議な空間で
それでも刻だけは正確に過ぎていく。
夕暮れの港に海風が心地いい、すべてが約束通りに過ぎて
行く中で、独りだけ傍観者のように見つめている自分がいた。
そういえば、何でアタシだけが10年後の姿なんだろう、
もしかしたらこのまま元の世界に帰っていったら、
10歳年を重ねることになりはしないか・・・
アタシはあわてて駅に戻ると、
「すみません、10年後駅まで大人一枚ください」
駅員はニヤリと笑うと、
「ほとんどのお客様はあわててお帰りになるんですよ、
そうそう、途中下車だけはなさいませんように、
戻れなくなりますから」
発車のベルもなくたった一人の乗客を乗せた列車は
ゆっくりと走り出しました。
途中の駅を通過するたびに、海が遠くなっていた旅の途中・・・。
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