秋は夕暮れ
         
夕日のさして山の端いと近うなりたるに

烏の 寝どころへ行くとて 三つ四つ、

二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり

まいて 雁などのつらねたるが

いと小さく見ゆるは いとをかし

日入り果てて 風の音 虫の音など

はた言ふべきにあらず

『枕草子』清少納言  第一段より

夕暮れが何時の間にかこんなに早くなっていたんです、

才女に耳元で囁かれたからでしょうか、土手の上から西の空を

眺めれば、烏の三つ四つねぐらに帰る姿は無けれども

野球少年の家路に着く姿いと麗しきかな、

風の音に紛れて足元の草むらにすだく虫の音いとあわれなり

土手に座りて暮れなずむ夕空眺めたればため息の二つ三つ

秋は夕暮れでございますな。

どれほどその場に座っていたのでしょうか、

下町路地裏、下駄の音響かせてふたたびの夕暮れ散歩、

たそがれ刻(とき)の路地の先にも灯りの三つ四つ点れば、

虫の音ならぬ腹の虫が ククーッ・・・

「ちょいとお待ちよ、じきに寄り道するからさ」

などとなだめ透かして大衆酒場から漏れる酔いどれ声を

ちらりと横目に、

「カラン コロン、カラン コロン!」

はてこれは何の商いか店主の想いのこもった

看板に立ち止まれば、店主の人生の積み重なったような品々に

思わず手を伸ばす、

何の使い道があるか判らねど、気がつけば

何時の間にか手の内に、

ああ、誤解しないでくださいよ

ちゃんと納得の代価をお払いいたしましたので。

まだまだ続く路地裏散歩、歩くより立ち止まることばかり、

まあ、運動のつもりではありませんので、

そう疲れやしませんのですよ。

オヤジ独りで出前から店の客までぜんぶ賄っちまうなんて店は

下町じゃ当たり前でね、金木犀の香りに誘われて暖簾を潜れば、

出汁の匂いが食を誘うのでありますよ、

「オヤジさん、今夜はちょいと冷えるね、

  とりあえず鍋焼きうどん頼みますよ」

一本つけてと云えないのが下戸の哀しさ、

ズルズルっと一気にかきこんで再び路地裏見上げれば、

美女の微笑みのような三日月ちらりと流し目、

ほらネ、やっぱり秋は夕暮れでございますよ。