神幸祭の神輿が無事宮入りしたことを確かめていた頃、
遠くからあの独特のお囃子が聞こえてまいります。

「おっしゃい おっしゃい おっしゃいな!」

「それ それそれ それそれ おっしょいな!」

昨年訪ねた那珂湊の八朔祭りでこの独特のお囃子に
出逢って、あの甲高い芸者衆の囃子言葉が耳から離れなく
なっていたんです。
那珂湊といえば毎年必ず訪ねるほど大好きな町なんです、
しかし、海と港の取り合わせに惹かれてお祭りがあることを
知りませんでした。

「この町にも立派なお祭りがあるんだよ」

と魚を扱う漁師のオヤジさんから教えられて訪ねたのが二年前の夏のこと、
いやいや、その風流な祭り振りにすっかり虜になってしまったのです。

「朝から晩まで おっしゃいな!」

「まつりダ まつりダ おっしゃいな!」

二年前は、さあこれからという時に突然の大雨に見舞われ、
傘を持たないアタシは軒下で次々に曳き出されていく屋台を
じっと見送るだけでしてね。

 「いやなら いやだと おっしゃいな!」

 「まつりが好きだと おっしゃいな!」

 「それ それそれ それそれ おっしょいな!」

今年こそもう一度あの「おっしゃい囃子」を聴きたいと、
夜の帳が辺りを覆い始めた本町通りでは、あの豪華な山車が、
曳き回されておりましてね

年番の牛久保町、四町目、泉町、龍之口町、
釈迦町、和田町、殿山町、壱町目、七丁目と
なんと八町の山車が次々とやってくるではないですか、

山車同士がすれ違うと、お囃子の叩き合いが行われるのかと
思っておりましたら、どうやら、片方はその場に止まって
見守るのです、

「殿山町の男はいい男、おっしゃい、おっしゃい、おっしゃいな!」

こんな声を掛けられたら、じっとしていられないのが男衆というもの、
山車の前に集まると一斉に踊りだすのです、
港町だけに勇壮な祭りを想像していていたのは見事に外れてしまいました。

かつては、物流の中心地としての繁栄が下地にあったのですね、
町の旦那衆は惜しげもなく祭りにお金を注いだに違いなく、
芸者衆のお囃子などとは、その粋な気分が溢れているではないですか、
江戸の祭囃子といえば、大太鼓、締め太鼓、横笛に鉦ですが
三味線が入るとぐっと粋さが増すのですね。

 「おっしゃい おっしゃい おっしゃいな」

「十日も 二十日も おっしゃいな」

「朝から 晩まで おっしゃいな」

「祭が 好きだと おっしゃいな」

夜もだいぶ更けた頃になると、一台、また一台と本通りから
各町内へと戻っていきます、
曳き手も一緒に謡いながら夜の闇の中に解けていくのです、

最期の路地を曲がり、自分達の町内に戻るとお囃子がピタリと終わった、
それは祭りが終わったということなんですね。
あまりに華やかだった夜の祭りは、最期の静寂の中で
余韻をもたらせてくれておりました。

まだ耳元で聞こえておりますよ

 「おっしゃい おっしゃい おっしゃいな」

「祭が 好きだと おっしゃいな」

平成27年8月14日 那珂湊にて