もう奇跡としか思えない細路が大都会の片隅に

密やかに残されている。

街の再開発、街の近代化の名の元に次々に消されていく

街の細路に今宵も呑兵衛オヤジが重い足をひきづりながら

ひとりまたひとりとやってくる。

街はガラス張りのビルが林立し、お洒落な洋服を着た人々が

行き交うだけが良いわけじゃないないだろうに、

背中にずっしりと家族の責任をしょったオヤジたちは、

愚痴をこぼすこともせず黙々と家と仕事場の間を規則正しく

何十年も繰り返し歩き続けているのですよ。

そんなオヤジたちのつかの間の息抜きさえも奪い取ってしまう権利など

何処にもないはずじゃないですかね。

何時の時代だって、その時代の流れについていけない人々、いや

ついていきたくないない人々が沢山いることを為政者は知っていて欲しい

ものですね。

銀座、渋谷、新宿、池袋、青山、六本木、

半世紀前、あの東京オリンピックを開催するにあたって、

それまで何処の街にも残されていたオヤジの細路は、

外国人の目に触れさせたくないというとんでもない意見が

まかり通ってひとつまたひとつと街から消されてしまいました。

日本の繁栄を信じて働きづめのオヤジたちの密かな楽しみさえ

真っ先につぶされてしまったことを今や高齢者になってしまった

オヤジの成れの果てのアタシ等はじっとしている意外に何の楽しみ

も無くなってしまったのですよ。

二度目のオリンピック開催を決めた東京都は、それが国民の総意だと

ばかりに再開発に着手するでしょうね、

そんな世相の中で、最後に残されていた東京都庁の眼と鼻の先に残されて

いた奇跡の細路は、どんな抵抗にあおうと今がチャンスとばかりに

襲い掛かるのでしょうかね、

見た目だけが綺麗になった街を無口の人々が片手に妙なモノを持って

黙々と歩く街が一番素晴らしい街だと錯覚させられているだけじゃないですかね。

人と人とのふれあいがなくなった街は、架空の街そのものでしょうが、

肩と肩がぶつかっただけで、手に持つ妙なモノで警察に連絡、

傷害事件がひとつ成立するというわけ、

綺麗な街には血も涙も流れちゃいないのですよ、

あるのは理屈という名の屁理屈だけが声高にまかり通るだけ、

 路地の奥の細路から微かに笑い声が聞こえてくる、

肩を寄せ合ったオヤジが涙を流しながらグイッと手に持つグラスの中身を

呑み込んだ、

「いいたいことを言えよ、オレが聞いてやるからさ」

今会ったばかりのオヤジが肩を抱く、

そんな場所は、この世に必要ないですかね、

ゴミひとつ落ちていない街が住みよい街ですかね、

ごたごたしていても、気の休まる空間というのはあるわけで、

偉い建築家先生が設計した街が住みよい街なんですかね、

人々が必要あると認めたから残された路地奥の細路が

オリンピックの名の元に息の根を止められてしまう瞬間に

立ち会うことだけは勘弁願いたいものですよ。

それでも決められたことはどんなに反対しようが決まってしまうのが

この国の民主主義だと、イヤというほど思い知らされた後で、

空しさだけが街を覆い始めている・・・