上総国一之宮玉前神社の例大祭は大同二年(807年)より千二百年続く

古式ゆかしい祭礼なのです。

玉前神社の御祭神は玉依姫(神武天皇の生母)、

その一族の神々が1年に一度九十九里の「釣ヶ崎」の海岸で再会する

という祭りで、八頭の馬に十五基の神輿と2000人余りのはだかの男たちが

神社から釣ヶ崎までの八キロの道を神輿を担いで疾走するという

勇壮な裸祭りなのです。

しかし、悲しいかなアタシには往復十六キロの道のりを走る気力も体力も

ありませんでね、その海での裸祭りは若い人にお任せして神社での神事に

参加させていただこうというのです。

本日はその玉前神社例大祭の宵宮なんです、

神社神輿の大宮と若宮の御霊遷と神楽殿での奉納神楽が行われるのです。

雨雲を気にしながら、電車に飛び乗り一路一宮へ、

宵宮なのだからきっと夜暗くなってからに違いないと勝手に予想して

玉前神社にたどり着いたのは夜の六時半、

神楽殿の前には大宮と若宮の神輿が置かれまだ御霊遷の儀は始まって

おりませんでね。

御霊遷の儀は夜の八時からとのこと、この間を利用して久しぶりに

一宮の町を歩いてみると、祭り提灯は飾られておりますが、

まだ祭りの気分はありません、

どうやら明日の浜降り祭に一気に勢力を盛り上げるのでしょう。

食事を済ませて再び境内へ、、本殿に御参りして薄闇の中すでに

神楽舞いが始まっておりました。

神楽舞いにしばし見惚れていると境内の明かりが消されいよいよ

神輿の御霊遷の儀が始まります。

御霊遷の儀とは御神体を社殿から御神輿に遷す儀式で

祭りの間、御神体が氏子の身近にお越しいただける大切な

神事なのです。

最近は祭りの神事も簡略化されるる様子が見受けられるのですが

さすがに千二百年の歴史を持つ玉前神社の例大祭は祭り前日の夜に

御霊遷の儀を厳粛な雰囲気の中で催行されているのです。

神聖な御霊が社殿から神輿に移る際には

貴いものを見る事は許されないという古来から存在する儀礼に基づいて

人目に触れる事のない暗闇で行うことが今も続けられているのです。

「神様の御霊がお通りになる時は低頭を願います、

 また写真のフラッシュはお止めください」

と丁寧なご説明に、報道カメラマンはこの暗闇の中で、悪戦苦闘が

始まるというわけですね。

現在は本殿が平成の大修理中ですので社務所から神の御霊が

絹張りの幕に包まれてやってきたようですが、低頭しているため

神官さんのあのなんともいえない「ウオーッ!」という声が玉砂利を踏む音と

ともに近づいてきます。

御霊入れが無事終わると、宮司による祝詞奏上、氏子総代、神輿奉行、

役員による玉串奉納が終わり、全員による一礼、最期に宮司様の

お話しのなかで、「祭りは感謝とともに、新たな仕事や日々の始まりに

なることを願っております」とのお言葉が印象に残りました。

境内に静寂が戻ると、秋のすだく虫の音が響いてまいります。

夏がすでに過ぎていく様を身にしみて感じていた祭り旅途中で

ございます。

(2019年9月記す)