京都、金沢、飛騨高山、栃木、川越、佐原・・・

昔の姿をとどめる町にはたいていその町の真ん中を

川が流れているのです、それはかつて交通の手段が

船だったことで、その船によって文化の交流が

なされていたのです。

今でも昔町を訪ねると、川の美しさが旅愁を誘いますな。

さて、現代の交通手段は、大量に人を運ぶのは鉄道、

すでに、物資はトラック便にとって変わってしまい、

鉄道は通勤客の足に成り下がっておよそ文化の香りは

しなくなりました。

特に下町の真ん中を走る鉄道は、やれた雰囲気さえかもし出す

切なささえ感じさせる乗り物になってしまったようです。

町の真中を踏切が人の流れを止めてしまう、

みんなぼーっと通り過ぎる電車を待っているというのは

もしかしたら、慌しい都会の生活の中で、まどろみを

もたらすいい機会かもしれないな、なんて考えるのも

下町の文化を感じる瞬間かもしれませんよ。

桜が咲き始めると、なんとなく心が浮き浮きするのは

日本人の共通する感情かもしれませんが、特に下町では

桜をことのほか宝物のように扱うのでしてね、

アーケードのあるマーケットにも、桜の飾り物が

掲げられると、なんだか急に心が高鳴ったりするのですよ。

「桜まつり!」

と手書きの看板が張り出されただけで、もうみんなニコニコ顔で

集まってくるのですよ。

店で扱う品物は普段とそう代わり映えはしないのですが、

桜まつり! と言われただけで、サイフの紐が緩んだりするのですよ。

「おばちゃん、そのさくら餅おくれよ」

桃色のさくら餅を頬張るだけで、体中が桜色に染まった気分、

「お彼岸だよ、ぼたもちはいいのかい」

「それじゃ、黄な粉とゴマをひとつづつね」

と気持ちも緩む春たけなわでございますな。

春を感じながらの散歩は、匂いに敏感になるものですな、

その匂いに誘われて たこ焼き店の前で立ち止まる。

左手に ぼたもち 右手にたこ焼き

小さな公園で早咲き桜を眺めながら小休止、

ええ、勿論冷めないうちにたこ焼きを頬張りましたよ、

どうも意地汚くなっちまいましたな、

さてと、もひと廻り

ここにも馴染みのお店がありましてね、

いつも炭火の前に座って手焼きの煎餅を焼いている

婆ちゃんがおりましてね、小さな店ですが、その婆ちゃんの

丁寧に焼いた煎餅は格別な味がいたしましてね、

この店の前を通ると必ず足が止まってしまうのです、

「のり5枚にゴマ5枚ね」

ばあちゃんは袋にその10枚のお煎餅を入れてくれると

必ず一枚おまけをくれるのです。

すぐに食べなという意味なんです。

そのおまけの煎餅をかじりながら歩くとね、

心がホカホカするんですよ、

でも、その婆ちゃんは7年前に亡くなったんです、

今は娘さんが店を継いで味の変わらない煎餅を焼いています。

「のり5枚にゴマ5枚ね」

焼きたての煎餅をポケットに入れてみる、

やっぱり、ホカホカするもんですね。

下町の春はいいもんですよ・・・