旅のほとんどを車に頼っていたのですが、
どうも運転に神経を使うせいか、近頃は自由に行き先を
決められることより、心の緊張をほぐすことのほうが
良さそうな気になってまいりましてね。
行動の不自由もまた、旅の楽しみになるかもしれない
いつもプラスに考える性格は、案外旅人には一番必要な
ことかもしれませんよ。
相模灘を眺めながら車を走らせていて、国府津駅の看板を見つけてしまった。
「確か、御殿場線の発着駅ではなかったかな」
駅前の駐車場に車を預けると、何の躊躇もなく列車の旅が始まってしまいました。
寒中の列車旅はスチームがぽかぽかと気持ちよく、車窓の景色など見る暇もなく
コックリ、コックリ。
「ごてんば! ごてんば!」
ごてんばって、あの御殿場か、そういえば、車ではもう何度も通り過ぎていても
街を歩いたことが無かったな、
夕暮れ前のどんよりとした高原の街、御殿場ですよ。
はてと、観光客なら躊躇なく駅前のバス停から、
河口湖、山中湖、はては富士山へと向かうのでしょうが、
こちらは、御殿場の街そのものを歩こうというわけで、
当て所もなく駅を後に歩き出す。
気温3℃、『寒い!』
何時も車で移動しているので、コートはなし、襟巻きを巻いただけの
旅のおじさんは、よたよたと歩くも、快適な気分とはとても
なれない気温ですよ、
慌てて飛び込んだコーヒーショップで
「3℃しかないよ、こんなに寒いの・・・」
「3℃でしたら温かいですよ」
笑顔の美しい女店員さんが答える。
此処は海抜500mの高原の街だったのですよ、
今が一番寒い季節なのですよ、
「街の繁華街ってどのあたりですかね」
「此処が繁華街だったんですけで、今は246号線に
お店が増えて、今はこんなに寂れてしまったんです」
何処も此処も、大企業の資本によるチェーン店ばかり
その街の特色は年々失われていくのですね。
夏ならば、観光客も集まってくるのでしょうが、極寒の高原の街は
淋しさを通り越して、侘しさが漂うのでありますよ。
再び歩き出すと、『新橋銀座』の看板、
名前だけは威勢がいいじゃまいですか、
散歩のオバサンに尋ねると、
「『新橋』というのは、新橋浅間神社の宮前から名付けられた」とのこと、
その新橋浅間神社を訪ねれば、あの源頼朝の時代に遡る古社でありましたよ。
浅間神社は富士山を取り巻くように、山梨県、静岡県に多く
御殿場だけでも15箇所もあるのだとか。
勿論、主祭神は木之花佐久夜毘売、
富士山が噴火を繰り返すたびに、浅間神社が増えていったといいます。
境内には、富士からの湧き水が湧き出している、
名も、『木之花の水』、すくって飲めば、えもいわれぬまろやかさ、
見れば、ここにも道真公が祀られておりましてね、
これも何かのご縁かと手を合わせる。
神様も寒さを和らげてくれるほどには優しくはございませんでね、
身体は震えるし、顔は引きつるし、
うろうろするのももう限界かと、立ち止まったところは銭湯の前、
いやーっ、地獄で仏に会った気分ですよ、
すっかり温まって、駅に戻ってくれば、イルミネーションが
温かく迎えてくれましたよ、
上りの列車を待合室で待っている時間のなんと言う幸せ気分でしょうか。
旅は便利さを求めないところに楽しみがあるものなのですね。
御殿場駅にて
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