雨にもいろいろありまして、長月九月に降る雨といえば

なんとも切なくなる雨でございますな、

「うーっ!なんだよこの寒さは!!」

止せばいいのに、足元びしょびしょにしていつもの通りを

背中丸めて歩いていけば、向こうから見慣れたオヤジが

やってくる。

「よう暇人、どうなってんだよこの寒さ!」

この雨で仕事にあぶれちまった源さんですよ、

「暇人だって、寒い時きゃ寒いさ、でもアタシにつっかかれても

天気はアタシのせいじゃありませんよ」

「いや、暇人オヤジがうろうろするから、雷様が目障りだってんで

ヘソを曲げちまったんだ!」

まったくの八つ当たりをまともにくらってアタシだって

憂鬱なんですからそうがみがみ言うこたぁないだろうに、

「今日も仕事にあぶれたかい」

「あっ、オレが一番気にしてることを云いやがる」

「するってーと、三日続きのあぶれかい、それじゃ

女将さんが角だしてんだろ、それで寒い横丁へ

避難してきたか」

「相変わらず口のへらねいオヤジだ」

「たまには付き合うよ、鍋焼きにお銚子一本、アタシのおごりで行くかい」

「ちきしょう、ひとの弱みをつかむのが上手いオヤジだ」

気がつけば、源さんの前にお銚子が三本もよこ倒し、

「また、女将さんに怒られるから、その辺におしよ」

なだめて、重い尻を叩いて家に届けて歩き出せば、

ますます冷たい雨が降る。

何が楽しくて、毎日うろうろするのかアタシだって

わかりませんよ、

ぶつぶつ愚痴りながら角を曲がると、佃煮屋の婆ちゃんが

声をかけてくる、

「なんだい、不景気な顔して、そんな顔して近所歩かれちゃ

こっちまで気分が滅入るじゃないかね」

「だってさ、代り映えしない浅草だもの仕方ありませんよ」

「そうやって地べたばっかり見ながら歩いてるから不景気顔に

なっちまうんだよ、胸張って空に顔を向けてご覧よ!」

「やだよ、冷たい雨が顔に当たるじゃないか」

「口答えするとこは、子供の時から変わらないね、ほらあそこ!」

指差した先に東京スカイツリー、

「希望の柱に見えるじゃないか、おめでたい気分になるじゃないか」

そうでした、すっかり忘れておりました、

でも、そのテッペンは雨雲の中、

そうですよ、人間が出来ることはコツコツと積み上げていくことだけ、

それが時間を掛けていくうちにやがて世界一も夢じゃなくなるんでしたっけ、

つい、冷たい雨に心が塞がっちまったようで、

「婆ちゃん、ありがとね、なんだか元気が出てきたよ」

「そうだよ、なんてったって世界一だからね・・・」

長月九月の宵雨散歩、ぐっと腹に力を込めて、ひょいと水溜りを跨げば

そこに写った世界一が揺れておりましたっけ。

胸張って行きましょうかね・・・