いにしへの真間の手児女をかくばかり

恋てしあらん真間のてごなを

上田秋成は「雨月物語」の中で

下総の国にしばしば通う商人が聞き伝えて語った話として

『浅茅が宿』の物語を書き残した。

浅茅がいっぱいに生えた荒れ果てた家で、

夫の帰りを待ち続けた女の、悲しい愛の物語です。

昔、この物語を読んだ時、

子供の頃から慣れ親しんだ真間の手児奈の伝説を

主人公勝四郎に詠わせている最後の場面に、

こころ奪われたことを思い出しておりました。

この時期になると、その真間の手児奈霊堂に緑に輝く

一本の桜が満開の花を咲かせのです。

その、透き通るような桜の色に、手児奈よりもあの

夫を待ち続けた 宮木の想いを重ねてしまうのです。

手が悴んでしまうほど冷たい朝、

その桜は本堂の裏手の片隅で静かにその命を

咲かせておりました。

私はその桜に密かに名をつけているのです、

「宮木の桜」と・・・

余りにも白すぎる花の色に、通りがかる誰もが

桜とは思わないのかもしれない、

楚々とした佇まいに飽きることなく

眺めている旅人の眼差しをわかっているのかは

不明なのですがね。

一人の女性が御参りに来たらしい、

本堂の前で、彼女は長い祈りのあとで

ながいため息をひとつついた、

誰を待ち続けているのだろうか・・・

「もし、旅のお方、よくわたしに気づいてくださいましたね」

その宮木の桜がそう呟いてくれた声を確かにこの耳が

聞いていたのは間違いないことなんですよ。

もし、あなたもその声をお聞きになられるのなら、

冷たい風が吹く曇り空の下で、

耳を澄ましてみてくださいな

きっと宮木の声が聞こえるはずですから。

市川真間 冷たい朝の手児奈霊堂にて