花見んと群れつつ人の来るのみぞ

  あたら桜のとがにはありける 西行

今も昔も、桜に群れるのは人の常、

満開となればいつ風が吹き、雨が降るかもしれない

気まぐれな天気を気にしつつ散り際の桜を訪ね歩くので

ありますよ。

今は情報は誰でも均等に手にする時代、満開とまれば

昔以上に群れつつ人の来るのは仕方ないこと、決して桜に

罪があるわけではないのは西行でなくとも念じてしまうでしょう。

何処で道を間違えたかその桜の寺が見つからない、

まもなく日が暮れてしまう夕暮れが迫っている。

一軒のパン屋さんを見つけ、空きっ腹(実は昼飯ぬきでしてね)を

満たすために入ってみると店主の姿がない、

「誰か居ませんか」

奥に向かって声をかけると、いかにも職人風のおやじさんが

顔を出す。

「このアンパンとカレーパンをくださいな」

手にするとそのアンパンはずっしりと重い、

二つで ¥190 だという、

「おやじさん、このアンパンは随分重たいね」

「ああ、目一杯あんこを入れてあるからね、

 でもそんなに甘くしてないから 大人も十分楽しめるよ」

会計を済ませると早速般若院の場所を尋ねた

「桜のお寺だね、その先の角を右へ曲がると暫く先にぼんぼりが

灯っているから直ぐにわかるよ」

パンを小脇に抱えると礼を言って店を後にした。

山門に何の表示もないところをみると、もう満開は

過ぎてしまったのかもしれない、それにしても

境内を見回しても桜の姿は何処にもない

本堂に御参りをしてお墓の間を抜けていくとその本堂の裏庭に

見事な枝垂れ桜、説明版には樹齢400年とある、

その説明を読むまでもなく十分に其の姿はその樹齢に

疑いを持たせるようなものは微塵も感じられないほど

堂々たるものでありました。

もう盛りは過ぎて散りかけの花は以外に可憐な姿を

宵闇に浮かべておりました。

何だか独り占めするには勿体無いほどの霊気ただよう中で、

その桜の姿態に目を潤ませていると、

とうとう雨が降り出してきた、

足音がこちらに近づいてくる。

どうやら熟年のご夫婦、その二人の間の歩いてくる距離に

微妙な今の関係が思われる、どうやら会話もあまりない。

「美しい桜ですね」

気まずくならないようにと声をお掛けした。

どうやら如才ないのは旦那の方で、問わず語りに話が進む。

「実はこの三月に定年を迎えましてね、営業の仕事で家を省みる事が

無かったのでかみさんと旅でもしようと来て見たんですがどうも

しっくりいかなくてね」

「そうですか、それは馴れの問題ですよ、奥さんが何を考えているか

考えたこともないでしょ、よく顔を見ながら話をしてみることですよ、

きっと、そのうち何が必要か見えてきますから」

「あなたはお一人ですか」

「いや、独り旅を許してくれるいい女房がおりますがね、昔は

一緒にどこでも出かけたのですが、今は鬱陶しいって・・・」

お二人は声をあげて笑われた。

「桜はね知らぬ間に二人の間を近づけてくれる力があるんですよ」

「それは若い人のことでしょ」

「いいえ、熟年の隙間風が吹きぬける二人には特に効き目があるんですよ」

「そうですか」

話が弾んでいるうちにすっかりあたりは夕闇が覆い始めておりました。

「そろそろ次の地に向かいます、お互いいい旅を・・・」

帰っていくお二人の姿を見送っていると、どちらからともなく

手を繋いでおりました。

「いい旅を、これからまだまだ長い旅が待っているのですからね」

と、二人の後姿に呟きかけておりました。

四百年の桜の力を改めて見直した桜旅の途中です。

誰も居なくなった桜の下で先ほどのアンパンをかじる。

ほの甘いその味が桜の香りがしたのは気のせいだったのかな。

金剛山観仏寺般若院にて