流れ落ちる汗が目に入らぬように上を向いた、

「またお前さんの顔か」

と見慣れた青空に声をかける。

「もういい加減にしてくれないかね」

相変わらずのギラギラ太陽、

久しぶりの長谷観音への道もいつもの賑わいはなし、

そりゃそうですよ、こう暑くちゃ買い物に出かけたために

熱中症じゃたまったもんじゃありませんよね。

それでもふらふら歩いているのは、時間を区切られた約束人だけ、

汗をふきふき日陰を探してのんびり歩いておりますよ、

どこを見まわしても用も無いのにふらふら歩いてるのは

暇な散歩人のアタシだけ、

此処で倒れたら、

「人騒がせなことするんじゃないよ」

なんて、きっと怒られるのでしょうね、

だって、用も無いのにフラフラするのは不審者だって

警察官はそう教育されてるらしいのですよ。

つい先日も、初めての町を散歩してたら、

町のあちこちに貼り紙

「不審者をみたらすぐに110番!!」

もしも、もしもですよ、小さな子に話しかけたりしたら

いきなり110番されて、交番に連れて行かれ、

「何でこの町に来たの」

「偶然です」

「この暑い中、何の目的もなしに何で歩いてるの」

「散歩なんです」

「歳は?」

「今年6回目の年男です」

「何だ私の親父より年上じゃないか」

若い警察官にきっとこんな風に質問されて

「早く家へ帰りなさい」

なんて爺扱いされるのかな、

「ああ、やんなっちゃうな」

朦朧としながら、浮かんでくるのはアタシが不審者にされた姿、

ああ、こんな妄想が浮かんでくるのはやっぱり暑さのせいですよ。

不審者にされちゃたまらない、せめて姿容くらい整えるかと

床屋さんへ、

「だんな、どういたしますか」

「まだ暑くてたまらないから少し短めに頼みますよ」

そういえばアタシは決まった床屋というのがありませんで、

気が向くと旅先の床屋にふらりと入ってお願いするのですよ。

実は床屋さんは、特に初めての町の情報を聞き出すには最適な場所

なのでして、何処の店が旨いモノを食べさせてくれるとか、

今夜の宿を紹介してもらったりと中々楽しいところなんですよ。

大きな鏡に映し出された我が身を眺め、

「うん、これなら不審者には見えないだろう」

颯爽と表に出れば、さすがのギラギラ太陽も西の空に沈みかけ

斜めに差し込んだ今日の最後の西日がすれ違った少年の顔を紅く染めた。

打つ寄せる波の音を聞きながら海岸を歩く、

ここなら誰の邪魔にもならないでしょう、

吹き寄せる海風に向かってぶつぶつと独り言、

イヌを連れたご婦人がアタシを除けていった。

再び歩き出した西日通り、帰りは背中にその西日を

受けながらとぼとぼ歩く。

「ああ、西日通りは人生を悟る道かな」

(鎌倉にて)