扇ガ谷を傘をさしながらのんびり登っていくと

道は突き当たる、

深い緑に囲まれた古刹 海蔵寺がしっとりと

雨に濡れた佇まいで迎えてくださる。

さすがにこの雨の中訪ねる人は少ない、

秋には参道を彩る萩の葉が

微かな雨音を立てながら一瞬さざめいた。

「この雨ならきっと空いていますから」

と鬼姫様をお誘いしての鎌倉散歩でございます。

何時訪れても、何度訪ねても、新たな発見がある花の寺は

特に雨の日は格別の美しさを見せてくれるのですから、

わざわざ雨の日を待って出かける人がいても当たり前に思える

ほど味わい深い境内に足を運ぶのです が、

余りの雨脚につい薬師堂の軒下をお借りしての雨宿り、

しみじみと薬師如来様に手を合わせる、

「あの胸の辺りを開くと中にもうひとつの薬師様が納められて

いるのですよ、一度そのご尊顔をと願っているのですが・・・」

「御住職にお願いされたらいいではないですか」

「それが、そんなわけにはいかないのですよ、

何でも61年毎に拝顔できるということらしいので」

「まあ、それではわたくし達にはその機会は

巡ってまいりませんのね」

「それでもこうしてご本尊様をこんなにお近くで

拝顔できたのですから

よしとしなければバチがあたりますよ」

「バチがあたるのならあなただけにしてくださいね、

私は付き添いで 一緒にきたのですから」

とこの辺りが鬼姫様の鬼姫たる由縁でございますよ。

先日、光則寺の住職夫人に教えていただいた、

「ヤマアジサイは意外と早い時期から花をつけるのですよ」

というご意見にしたがって、雨の中のヤマアジサイを探しに

きたのです。

ありましたよ、

「どうです、清楚で可憐なこの姿は・・・」

キッとアタシを睨んだ鬼姫様は

「それ、わたくしへのあてつけですかしら」

本性を嫌というほど知り尽くしている身には、

そろそろ雨の中の散策を切り上げろということなのです。

「あの、美味しいお店がありますのでこれからまいりますから」

いっこうに止みそうも無い雨音を聞きながら、ワイングラスを傾ける

鬼姫様の微笑みに

「微笑みはどんな花より美しいですよ」

ほっと胸を撫ぜ下ろした鎌倉の夕暮れでございます。

(2017年6月記す)