秋から急に冬になってしまった冷たい雨、

それでも暇ができたら歩いてみたくなるのが暇人というもの、

「何のために?」

なんてすぐ考える人は、もうすでに頭が仕事という魔物に

毒されちまっているんですよ、

何の目的も持たず、何の見返りも持たないのが 

散歩ですからね、

ところがこの 散歩 ってヤツはふらふらしてるうちに

あっちへひっかかり、こっちへよろめきながら

素敵な人と出会ったり

珍しい店を見つけたり 

と暇人だけに任せておくには

もったいない風習なんですね。

それにこんなに自由な気分になれることって他には

滅多にありませんでしょ。

実は散歩の風習というのはそんなに古いものではありませんでね、

江戸時代の頃では、庶民はふらふらと出歩いてはならぬ という

お触れがでまして、散歩もままならなかったのですよ。

ところが時代が一変すると、庶民には有難くも楽しい 散歩が

解禁されたというわけで、

かの、永井荷風先生はじめ、野田 宇太郎さんのような散歩の達人が

先駆者として率先して散歩の楽しみ方を伝授されていかれたのですよ。

あまりの能書きは散歩精神に反しますので、それではいつもの路地裏散歩へと

まいりますか。

ほら、冷たい雨もあがったようですよ。

ああ、それから間違っても散歩の行き先をインターネットなどで

調べてからなんてことはなさらないほうがよろしいですよ、

散歩の一番の楽しみ「発見」が「ただの確認」に色あせてしまいますからね。

このところ楽しみにしてるのが、路地裏からひょいと見上げた先に

あの大樹(新タワー)を見つけた時のうれしいったらない心持、

もう子供が大好きなおもちゃを見つけた気分ですよ。

アタシの散歩も三十年も続いておりますので

(それだけでいかに楽しいかがお判りいただけると思いますが)、

東京の路地はほとんど歩き尽くしてしまったのです、

ところが町は生き物ですので

「ええ、ここがこんなに変わったんだ」とか

「相変わらず昔のままでほっとするな」などと

相反する気分を味わえるのもまた散歩の楽しみでございますよ。

東武曳舟駅、京成押上駅、東武小村井駅に囲まれたデルタ地帯

この路地裏こそあの大樹がちらちら顔を出す面白地帯、

かつて知ったる下町人情きらきら橘商店街で遅い昼食、

それにしても、下町路地裏というのは呑兵衛優先という

不文律があるようで、あっちにもこっちにも赤提灯に縄のれん、

下戸のオヤジにはちょいと淋しい路地裏ではありますが、

甘味処を見つけたときにゃ、すーと吸い込まれるように店の中に

左党も下戸も同じようなものですな。

腹ごしらえも整えてずるずると商店街を歩けば イヌも歩けば棒 

じゃなくて貼紙に当たる。

商店街の歳末大売出しから、祭りの予定、あれ、○○さんの訃報、

貼紙にも人生がにじみ出ておりますな。

それにしても初冬の日暮れは早いですよ、あっという間に闇があたりを

覆い尽くす、こういう暗がりを好んで歩くのは昔から泥棒と不審者と

相場は決まっておりますでしょ、

少し大きな通りへ出ると街灯の向こうにあの大樹がキラキラ、

『天真庵』さんを覗くと満席、素通りして十間橋の上から

夕空にそびえる新タワーを眺める。

川面に写った影を足すと東京タワーの四倍の高さですよ。

それにしても、こうあっちこっちに楽しい店が続々とオープンしてくると

散歩もままならない下町寄り道路地裏散歩でございます。

墨田 十間橋にて