路地裏の軒下のひき戸が勢いよく開けられると

少年が飛び出してきた、

家の中から母親が叫ぶ、

「タケシ! どこへ行くんだい」

「縁日(えんにち)だよ」

「遅くなるんじゃないヨ!」

返事の前にタケシ君は角を曲がり路地裏商店街を

一目散に駆け抜けて行ってしまいました。

鳩の町商店街は新調された真っ白な氏子旗が通り抜ける風に

ハタハタと揺れていた。

地蔵通りを境に、北側は白髭神社の氏子、南側は高木神社の氏子と

普段は仲良し遊び仲間も、祭りの間はそれぞれの神社へ分かれて

行くのです。

祭りの間だけ、どちらの氏子かはっきりと区別がつくのは、もう

子供達だって判っているんですね。

タケシ君の駆け抜けていった後を高木神社目指して歩きます。

白髭神社へ行くほうがずーっと近いのに、大通り二つ渡って

やっとたどり着いた神社の前の路地には、もうすれ違うのも

やっとというほど、人で溢れかえっているんですよ。

露天を覗いていくと、何処も子供のお小遣いに合わせているのか、

値段が相場の半分近くなのです、子供達はよく知っているんです、

中でも何処の店が安くて得した気分になれるかをね。

小銭を握り締めて駆けていったタケシ君が居ました、

なるほど、射的場で盛んに賞品を狙っていますよ。

「おじさん、もう一度やらせておくれよ」

ポケットから小銭を出しておじさんに渡しながら、あと何回出来るかを

計算しているんです。その真剣な顔は学校の算数の時間じゃ絶対に

しない顔ですよ。

いや、もしかしたら、残りはたこ焼きかな・・・

これだけ店があるのだからきっとお小遣いを使い果たすまで

帰るわけないですよね。

境内は足の踏み場もないほどごった返しています、何とか潜り込むと

舞殿では、奉納里神楽がはじまりました。

寿獅子舞いに続いて登場したのは もどきを連れた大黒様、

大黒様が人々に幸せを贈ってくださる舞いを披露すると

もどきがからんで思わず笑いが沸き起こりますよ、

いつもの神話物語とは異なるめでたい神楽に拍手も

起きましたね。

最後は獅子舞が口に銜えた巻物を垂らすと

「寿 おめでとうございます」の文字

盆と正月が一緒にきたような祭りの舞台でございました。

下町のお祭はね、

子供も

おじさんも

おばちゃんも

みんな笑顔になる祭りなんですね。

(ある年の向島高木神社御祭礼にて)