旅を続けていると、初めて訪ねる町であるはずなのに、

すでに何時だったかこの町に来たことがあると感じる

ことがあります。

その感覚は"Deja vu" (デジャヴュ)と呼ばれ、

日本語では既視感とも呼ばれておりますな。

夕暮れを待って散歩に出かけると、空は俄かに掻き曇り黒雲が

町の全てをすっぽりと包み込んでおりましてね、

見慣れたはずの町が未知のものに感じ始めたのです。

何時もなら毒々しいネオンの色が淡い光で囲まれ、

その光の下を歩く人の姿はまるで百年前の明治が歩いているようで、

小説や絵画で見ていた記憶がそうさせるのでしょうか、

それとも、実はこの町に流れ去った刻がどこかに蓄積されており、

この黒雲に覆われた瞬間に映画館の脇の路地から溢れ出してきた

のでしょうか、

"Deja vu" という感覚が認識されているのなら、その反対の

見慣れた町が未知の町に感じられても不思議はないはず、

既視感とは逆の未視感とでもいうのでしょうかね、

「オヤジさん、何やってるんだい」

そう話しかけると

「今夜は御酉様だろ、これから露天の支度さ」

「何言ってるんだよ、今年の御酉様は来月の11日だぜ」

そのオヤジは顔を向けると不思議そうに

「お前さん、暦が読めねェーのか、今夜は一の酉だ、

浅草に居て御酉様しらねェーのはモグリだぜ」

アタシは何が何だか頭が混乱してしまいましてね、

「今年は平成28年だぜ」

「何んだその平成ってェーのは、今年は日露戦争が終わったばかりだから

 明治38年の11月にきまってるだろ」

「えっ!」

アタシは絶句してその場にへたり込みましてね、

するとそのオヤジは不思議なモノをみるような目をして

アタシを見つめると

「お前さん、早く病院に行ったほうがいいぞ」

そう言うと足早にその場を後にするのでした。

いったい此処は何処なんだ・・・

ポツリと顔に雨があたった、

振り仰ぐと浅草一の高層ビルが目の前にそびえ建っているではないですか、

「なんだいつもの浅草じゃないか」

それはほんの一瞬だったのかもしれない、降り出した雨が見る間に

舗道を濡らし始めていた。

「真面目に仕事やりすぎて頭が疲れ切っちまったのかな」

よろよろと歩き出した浅草は変わらぬ顔で抱きとめてくれましたよ。

出だしで躓いたいつもの浅草夕暮れ散歩でございます。