まだ 佃の渡し があった頃ですから、もう半世紀以上も昔のこと

になりました、佃島に住んでいた同級生から誘われて出かけたのは、

やけに威勢のいい神輿を担ぐ祭りでしてね、

その頃は祭りといえば 三社祭以外は祭じゃないと思っておりましたので、

その神輿振りが強く記憶に残っていたんです。

久し振りにその友人から連絡があり、

「お互いに爺になっちまったな、ところで

祭りを遣ってるから見に来ないか」

懐かしさもあって祭りの最終日、地下鉄を乗り換えて佃島をたずねたのです。

覚醒の感 とはまさにこのことか、

その佃島の周りは高層マンションが乱立し、赤い佃小橋からの眺めは

どこか別の国に来たみたいですよ。

それでも、あの六本の大幟が翻り、祭り気分は盛り上がっておりました。

「此処の祭りは三年ごとに宮神輿が渡御するんだ、本当は去年が本祭り

だったんだけどな、あの大震災で今年に延びたんだ、それに170年前の

宮神輿を造り替えお披露目でもあるんだ、オレもわくわくしてるんだよ」

姿は何処から見てもお互い爺になったけれど、中身は昔とちっとも変わって

いないことにそっと胸を撫で下ろすのでした。

その八角神輿は氏子町内を威勢のいい若衆たちによって担がれている、

「今夜が宮入りなんだよ、楽しんでいってくれよな」

お互い祭り好きはちっとも変わっちゃいなかったことがやけに嬉しくってね、

町内の役員の仕事があるからという友人を送りだすと、

いつものひとり旅ですよ。

まずは住吉神社へ参拝、

大阪摂津国佃村からやってきた神様と共に、33人の漁師たちが開いた

佃島の氏神様、みんな神輿の後を附いていってしまったのか境内は

ガランとして人の姿はない、

舞殿からは佃囃子の音が響いている、

思わず立ち止まって聞き惚れてしまった。

見れば浅草蔵前の若山胤雄社中の皆さんですよ、

相変わらず歯切れのいいバチさばきに、哀愁のある笛の音がこの静かな境内に

ぴったり合っていた。

町内をそぞろ歩くとまるで江戸の昔に戻ってしまったように、

葦張り小屋掛けがいくつも造られ、中にはまるで神の庭のように景色が作られ

獅子頭の雄雌が鎮座している、あの宮入りに獅子頭の鼻先めがけて殺到するという

若衆たちは今年も健在だったのだろうか。

宮元の千貫神輿のその大きさに驚きながらも、この神輿に願いを掛ける

氏子さんたちの生き方まで見えるようで、思わず手を合わせておりました。

子供達は、数は少なくなってしまった露店の射撃に夢中、

氷イチゴや氷レモンが飛ぶように売れている。

祭りは大人にとっては気持ちの昂ぶるハレの日、

子供たちだって、普段とは違うことくらいきっと肌で感じとっていますよ、

「神輿が帰ってきたぞ」

子供達が口々に叫びながらその方向へ走っていく、

なんだか尻のあたりがむずむずしてその子等の後ろからつい早足に

なっているのです、

ピカピカの宮神輿が夕陽に照らし出されて輝いていますよ。

道の橋から盛大に水が撒かれている、

「こりゃ、近づいたらずぶ濡れになっちまうよ」

少し離れたところからその神輿振りを眺めている、

魂のこもった神輿担ぎをしっかりと目に焼き付けておりますよ。

(平成12年8月8日記す)

(平成28年8月10日佃島住吉神社祭礼)

四年前の祭りを思い出しながら、ぶり返した暑さの中、佃島を

再び訪ねてみました。

今年は陰祭りなのでしょうか、いたって静かな祭りなのです。

神輿は神輿庫にしまわれたまま、古式ゆかしい獅子頭が

お神酒所に飾られている。

露店もなく子供たちの姿もありませんが、狭い路地を抜け住吉神社へ

伺うと、舞殿から聞きなれた里神楽の響き、

つい先日取手祇園祭でも見せていただいた、若山胤雄社中による

江戸里神楽が奉納されています。

(「三筒男神」 若山胤雄社中)

どうやら「三筒男神」の最後の場面のようです、

ここは住吉神社ですから底筒男命、中筒男命、表筒男命の住吉大神

を演じるのが当然ですね。

黒式尉の底筒男神が最後に二枚扇の舞いを納められた。

神楽囃子の音が消えると、蝉の声が鳴きだしていた。

周りは高層ビルに囲まれてしまったここ佃島ですが、

祭りの日だけはなんだか昔に戻ってしまったような気配が

漂っておりました。

まもなく深川の祭りが始まります、

その前の静かな祭りを味わえた猛暑の一日でございます。