旅の途中

富岡八幡宮 例大祭 「太鼓の宴」

東京下町の真夏の祭りといえば深川富岡八幡宮の例大祭、

深川生まれで祭り好きの母が子供の頃から慣れ親しんだ

八幡様のお祭り、それがお盆と重なるのですから

出向かないわけにはいかないのですよ。

きものに着替えてのんびりとやってまいりました。

子供神輿の連合渡御は明日の午前中だとか、町に神輿の姿

はありませんですな。

お神酒所に鎮座される神輿の傍を離れて八幡様にお参りを

済ませると、

特設舞台から勇壮な太鼓の響き、もう今年で21回目になる

『太鼓の宴』が始まっておりますよ。

これは神様への奉納太鼓、現代の神楽なんですね、

第一回から参加されている柏の呼魂太鼓(KODAMA‐DAIKO)

の舞台は圧巻でした、

創設30年を誇る一団は、力強さだけではなく、その演舞の要素を

十分に生かした演じ方をきちんと身につけているのです、

よほど宗家吉田明弘氏の指導が行き届いているのでしょうね、

呼魂太鼓の十八番「打弾」で始まった太鼓の音が見守る人々の心に

直に伝わっていく、

ダダン! ダダン!

「カッコイイ!」

隣の若い女性二人が思わず声をあげる、

「太鼓ってこんなにカッコイイのね、アタシたちもやりたく

 なっちゃった」

「大利根激流太鼓」では何時もなら4人で演じる打ち方を倍の8人で

演じてくれたのです、まさに坂東太郎の激流を思わせる勇壮な打ち手の

バチさばきに思わず惹き込まれておりました。

聞いているだけなのにこちらまで身体が思わず躍動していたのでしょうね、

太鼓は叩き手の意思が入り込み、人間が本来持っている原始の魂を呼び

起こさせる力を持っていることを改めて感じることができました。

さて次なるは 江戸の粋 寿太鼓、

あの法螺貝の音が鳴り響くと、歯切れのいい太鼓の音が鳴り響きます。

それにしても、リーダーはもうとおに還暦を過ぎたはず、

相変わらず 太鼓狂いはオレだ とばかりに若者に負けぬたたき合い、

(寿太鼓)

終わったあと、足がつってしまったあたりはご愛嬌ですかね、

それにしてもこの元気はどうでしょうか、うかうか老人になってしまった

などと思っちゃいられませんですよ。

今年も元気をもらった 寿太鼓に拍手を送ったところで、

こちらも足がつってしまいましてね。

次も富岡の太鼓の宴の常連 「すめらぎ」、

秩父屋台囃子の打ち込みを思わせる壮絶な叩きに拍手喝采、

さらに、今年は「ねぶた祭り」の太鼓が鳴り響き、

すっかり祭り気分に浸ってしまいました。

それにしても、相変わらず「すめらぎ」の歯切れのよさが

目立ちましたね。

武井 誠さんは尺八、能管、篠笛を夜空に響き渡らせます。

真光寺さんのコンサートでも素晴らしい笛の音を聞かせて

いただいておりますが、

相も変らぬ情緒の溢れた笛の音を聞かせてくださいますね。

その次は、久しぶりの 「深川福住太鼓」

「花火」はよかったですね、思わず夜空を見上げてしまいましたよ。

会場からも掛け声が飛び交い、やっぱり地元のグループは親しみが湧く

ものですよ。

(初めて観る 柏太鼓)

八丈太鼓を見事に叩ききりましたよ、

もう一度観たくなる迫力でしたね。

それにしても日本の太鼓は女性陣のパワーが圧倒的ですね、

(湯島天神 白梅太鼓)

湯島天神のお祭りでお馴染みの 白梅太鼓、

何処から此の元気が出てくるのか、女性軍の凄さを見せ付けて

くれました、

柔な男衆など、足元にひれ伏しますよ。

十重二十重に取り巻いていた人の輪が左右に広がると、

エイサーの舞踊が始まります。

多くの太鼓集団の中に、エイサーが入ってくれていることが

なんだか、旧盆の霊を供養するに一番相応しい気がしているのです。

地謡(ジウテ)の三線が響くと、旗頭を先頭に一団が石畳を踏みならす

ように進んでくる。

大太鼓(ウフデークー)を抱えた太鼓打ちが、頭巾(マンサージ)に

そろいの打ち掛け羽織姿、ズボンの足元はしっかりと脚絆が

巻かれている。

その後ろからは片面だけ皮を張ったパーランクーを手に実にバランスよい

踊りを舞いながらこちらへ向かってくる、

エイサーは 先祖の霊を供養するための踊りだ と沖縄生まれの

keith君から聞いておりましたがまさに御魂送りに相応しい

演舞なのです。

袖口を捲くった子供のきもの姿のような手踊りの踊り子たちが舞い踊る、

それはまるであの世からやってきた亡霊の姿に感じてしまう。

周りを埋める観客の影が石畳に映りこむと、なんだか、その観客の中に

混じってあの世から戻ってきたご先祖様達が一緒に手拍子を

打っていたように感じてしまった。

「ダーン ダダン! ダーン ダダン!」

何度も何度も繰り返される太鼓の響きは、聞く者の心に

直に響いてくるのです、

三線と唄が流れると地霊を揺り動かすかのように大太鼓が地響き

を立て、パーランクー(小太鼓)がリズムを叩きながら舞い跳ねる、

小児のような衣装の踊り子が掛け声と共に跳ね踊り、

顔に隈取りをしたチョンダラーが道化役で盛り上げる、

何時の間にか、そこに集まった人々は恍惚状態になってしまって

いたのかもしれません、

取り囲んでいた人々の中から、ひとり、またひとりと

見よう見まねの手振りで踊りだす、

理屈など入り込む隙間などないその繰り返される太鼓の響きに

三線が調子を上げる、手踊りの女性人が恍惚の歌声を

あげ始める、いったい此処はどこなのでしょうか 、

もしかしたら、あの世に紛れ込んでしまったのかもしれませんよ。

いつしか観客を巻き込んであっちでもこっちでも、人が踊り出していた。

祭りの持つエネルギーは人から人へとまるで意思とは関係なく

広がっていくのです。

やがて、エイサーの一団は、こちらに背を向けると、

石畳を戻っていった、

そして視界からその姿が消えたとき、ハッ!と我に返るのです。

「これはまぎれもなく 盆踊りですよ、

 いや念仏踊りと言ったほうが相応しいかもしれない」

まだ身体の中を、あの歯切れのいい太鼓の音が何度も何度も

響き続けておりました。

これが祭りの原点なのですね。

そして今宵の締めは「深川富岡八幡葵太鼓」、

富岡八幡宮の氏子で結成された地元の中の地元太鼓集団ですよ、

本日も、各太鼓集団の世話役を黙々と務める姿がなんとも

気持ちよく、日本人の原点を身につけていることをひしひしと

感じておりました。

明日は、子供神輿の連合渡御、力強い太鼓の音で祭りを

盛り上げてくれることでしょう。

さすがに、最初から最後まで三時間半立ちっぱなしは疲れました、

でもね、こういう心を高揚させてくれる場にいると

なんだかこちらまで頑張るぞという気にさせてもらえるのですな。

祭りとは何度味わっても いいものでございますよ。

年寄りにはこれ以上は身体が付いていけません、

それにお腹もペコペコです。

境内を後にするとひとりの婆ちゃんとすれ違った、

今の婆ちゃんは、もしかしてオフクロさん・・・

深川 富岡八幡宮にて

Categories: 日々

徘徊老人日記 » « 深川富岡八幡宮 陰祭り

4 Comments

  1. 上石神井琉球エイサー会 池本

    2016年9月21日 — 5:40 PM

    ご無沙汰しております。上石神井琉球エイサー会 池本です。ブックマークしていたHPがいつの間にかリンク切れとなっており、しばらく拝見することができませんでした。
    相変わらず、素敵な写真と文章、とても嬉しく拝見しました。
    是非、お話ししたかったです。

    また、いつか。

    • 旅人 散人

      2016年9月22日 — 2:10 PM

      上石神井琉球エイサー会 池本さま
      2002年から毎日綴っておりましたHP「旅の途中」が
      昨年の6月突然消えてしまいましてね、原因がわからず
      そろそろ止める潮時かとしばらく休止しておりました。
      それでもその間、相変わらず旅だけは続けておりました。
      特に祭りを訪ねる度に、もう一度感じた想いを綴りたく
      なって再開してやっと一年です。
      今年も富岡八幡例大祭で上石神井琉球エイサー会の
      みなさんの踊る姿に感激しておりました。
      私のHPが少しでみなさんの活動にお役に立てたと
      したらこんなに嬉しいことはありません。
      まだ、元気なうちはHPも続けようと思いを深くして
      おります。
      いつかまた、お目にかかれる日を楽しみに、皆様の
      活躍を願っております。

  2. 素晴らしいレポート。フェイスブックページでシェアさせて下さい。

    • sanjin

      2018年8月15日 — 12:37 PM

      吉田さま
      もし、お役にたてるならばどうぞお使いください。
      「太鼓の宴」は何度聞いても感動させられております。

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